その日、船の見張り番は二番隊の預りだった。 二番隊隊長になってからまだ日も浅いせいか、どうにもこの日ばかりはエースの気も張る。 「何でぇ、エース。まるで今から敵船潰しに行くような顔しやがって」 けらけらと笑ってからかうのは、エースがこの船に乗ってから何かと気にかけてくれているサッチだ。 それに「うるせぇ」とぼやいて返したエースは唇をへの字に曲げる。 「あんまり気を張るない、部下が緊張するぞ。 どうせうちに喧嘩をふっかけるようなバカは、滅多にいねぇよい」 まぁ気楽にいけよと、隣にいたマルコの苦笑混じりの言葉にサッチも笑って頷く。 確かにそうだろうがと思いながらエースは拗ねたように視線を逸らした。 「だけど、隊長を任せてくれた“オヤジ”の気持ち、裏切りたくねぇんだ……」 エースの呟きのような言葉に、マルコとサッチは顔を見合わせた。 不意に吹き出して真面目だねぇと苦笑するサッチにエースが反論しようとしたところで、頭上からエースを呼ぶ声が降る。 「エース隊長〜!!」 見張り台から呼ぶ二番隊員の声にエースは顔を上げた。 「おう!どうした?」 「3時の方向から知らねぇ小船がこっちに近付いて来てるんっスよ!どうしますかー!?」 「知らねぇ小船?マークもねぇのか?」 エースの問いに「ありません!」と答える声に怪訝な顔で顎を撫ぜる。 「今、そっちに行くから待ってろ!」 「お願いします!」 軽い跳躍で見張り台のあるマストのロープを登っていくエースを見上げながら、サッチは横目でマルコを見た。 「滅多にいないバカが来たか?」 「──……」 マルコは二番隊の隊員が指差した方向を睨んだまま答えない。 そんなマルコの様子に、ん?とサッチは不思議そうに首を傾げた。 「どれだ?」 「あの船です」 見張り台にエースが上がりきる頃には、もう件の船は視認できるほどモビーに近付いていた。 エースは目を細めてまじまじと船を見た──確かにマークもない、ただの小船だ。 襲撃者とも思えないが、囮の可能性も捨てられない。 (近付き過ぎる前に、おれが出るか……) 好都合な事にエースには単騎で接近出来るストライカーという小型ボートがある。 「──よし、ストライカーで様子を見てくる」 「え、隊長自らですか?」 「様子見だ、何かあれば合図を送る」 そしたら警戒体制な、と言い置いてエースは見張り台から飛び降りようと身を乗り出した。 ちょうどそのタイミングである。 「あ、ちょ、コラ!マルコ!!」 サッチの声を背に不死鳥が弾丸のように小船に向けて飛び出していった。 「は?」 「た、隊長! マルコ隊長が出たんですが、警戒体制に入った方がいいんですかね…?!」 「え…え、えぇ〜?」 困惑気味の部下の声に、エースも困惑を返すしかない。目下のサッチも頭を抱えている。 そんな時こちらの騒ぎに気付いてか、小船の中から人がひょこりと出て来た。 此処からでは流石に誰なのか判別出来なかったが、その人は飛んでくる不死鳥に気付いてか大きく手を振った。 「あ」 不死鳥はそのままの勢いで、その人の胸へと飛び込んでいったのだ。そう、あのスピードのままで。 船の奥へと吹き飛んでいったその一人と一匹の姿が消える。 ずどん、という勢いに大破しそうな小船が大きく揺れるのをぽかんとエース達が見つめていると、下でサッチが船員に向けて声を張り上げた。 「おぉい、皆!!ジーナが帰ってきたぜー!!!」 瞬間、わっと盛り上った船員と不思議そうな顔をする船員に反応は分かれた──もちろんエースは後者だ。 歓声を上げて船縁に張り付く船員達が湧く中、サッチはぽつりと呟く。 「まー、マルコが致命傷与えたかもしんないけどね……」 不死鳥がくちばしに紐を咥え小船を牽いて来るのは、何ともシュールだなぁとサッチは思った。 そんな呆れ混じりの感慨も、久々に見る懐かしい顔に一気に吹き飛んだのだが。 「みんなー!ただいまー!!」 船から大きく手を振る赤毛の女性にサッチも笑顔で答えた。 「おー!おかえり、ジーナ!!」 続くように一斉に上がるおかえりコールに、我等が長女・ジーナは嬉しそうに歯を見せて笑った。 ジーナがモビーから下ろされたロープで小船を繋ぐと、マルコは翼以外の変化を解いてから ジーナを首に抱きつかせ、ひとっ飛びでモビーに上がって来た。 とん、と船縁にジーナを下ろすとマルコは変化を完全に解き彼女の腰に支えるように腕を回す。 (相変わらずだなぁ……) ある意味懐かしい二人のその姿にサッチが苦笑していると、あっという間にマルコごとジーナは馴染みの船員達に囲まれた。 「ずいぶん遅かったじゃねぇか!どこぞの海でくたばったと思ったぜ?!」 「ふざけんな!誰がくたばるか!」 「だーはっはっ、ジーナは殺したって死なねぇよ!」 「そりゃそうだ!」 「ほらほら、ちゃんと顔見せろよ。メシはしっかり食ってたのか?」 「食ってた!でもうちのメシが恋しいから、これでも急いで帰ってきたんだよ」 「おーおー、そうかそうか!今日はうまいメシ沢山作ってやるからなぁ」 ムサイおっさんの肉団子と化した中心から軽口のような応酬がぽんぽんと聞こえてくる。 全く懐かしい光景だと笑って見ていたサッチの元に、見張り台から降りてきたエースが駆け寄って来る。 「サッチ!こりゃあ一体、どうなってるんだ?」 困惑しきった末っ子の顔に、ああそう言えばとサッチは思い至る。 「そうか、エースは知らねぇよな。お前が来る前だしなぁ……ジーナが船を離れたの」 エースを初めとしたまだ歴の浅い船員には、船を離れて長いジーナを知らない者が多い事に今更ながらに気付く。 「ほんと長いことかかったなぁ……マルコもよく耐えたよ」 ぽつりと呟いた言葉はエースには聞こえなかったようだ。 「元船員なのか……?」 少し悩んだ後、エースがおそるおそると尋ねる。 「いんや、今もだよ。オヤジのお使いで長く船を離れてたんだ」 肉団子の中心で「ムサイ!」「痛い!」「重い!」と怒鳴る声を懐かしむサッチの横顔に、エースは僅かな疎外感につきりと胸が傷んだ気がした。 「ジーナ」 その声に騒がしかった歓迎の声が静まる。 わざわざ自ら出迎えに出て来たオヤジ──白ひげに、船員達は道を開けた。 自分を取り囲んでいた兄弟達を掻き分け、顔を出したジーナが白ひげを見るや嬉しそうに「オヤジ」と呼んで破顔する。 「長く帰れず、すみません。只今戻りました」 「いや、無事で帰ってきただけでいいんだ」 伸ばした腕でジーナの頭を優しく撫ぜてやりながら、「怪我はねぇのか」と労る言葉に白ひげにジーナは曖昧に笑った。 それにニューゲートの眉間に僅かに皺が寄る──ついでに言えば、ジーナの隣をキープするマルコの顔も僅かに強張った。 (お前、激突してったもんね) こりゃあ長くなるかもしれないなと察知して、サッチは「はいはい」と手を叩いた。 「野郎共!ジーナの歓迎は、オヤジにきちんとお使いの報告終わってからにしよーぜ!」 手を叩きながら一旦の解散を促せば、そうだなと誰かが頷くとそれぞれジーナに「後でな」と一言告げてから、「誰か酒買ってこいよ」「つまみは?」とに三々五々、ぞろぞろと散っていく。 それを見送りながら、ちらりとジーナを見ると視線に気付いたジーナがサッチに (助かった)と口パクで告げて船長室に向かうニューゲートの背を追って歩き出した。 その後ろを当たり前のように着いて行こうとするマルコに、サッチは口の端をひきつらせる。 「マルコ、お前はこっち」 足を止め大変不機嫌そうな顔で振り返ったマルコにサッチは馬鹿かと顔を顰める。 「報告までがジーナの仕事、邪魔すんじゃねぇの。お前は今日の宴の仕切りがあんだろ」 「んなの、他の奴に任せたって良いだろい……」 「ジーナは一番隊だぞ、隊長のお前が仕切らんでどうするよ」 嫌そうに渋い顔をするマルコに、全くこいつは…とサッチは深い溜め息を吐いた。 「帰って来て嬉しいのはわかるがな、あんまりべったりすんじゃねぇよ……幾つだ、お前」 「あぁ…?誰がべったりしてるってんだよい」 「一等先にジーナに気付いて、熱烈なハグしに行った鳥野郎がだよ」 黙り込んだマルコに、サッチは声を立てて笑った。 (帰還)