船長室に現れたジーナに、白ひげ専属であるナースの一人が目を見開くと、華やぐ笑顔で彼女に飛び付いた。 「ジーナ!いつ戻ったの?!」 この船のナース達をまとめ上げる、何時もはクールな彼女がはしゃぐ様子に、部下達は驚いたように二人を見つめている。 急な事に僅かに目を見開いたジーナも、自分に抱き着くナースが誰かわかると嬉しそうに笑いかけた。 「たった今だよ、ソフィア」 ただいまと言いながら彼女の自慢のプラチナブロンドを撫ぜるジーナに、ソフィアは顔を上げて背の高いジーナを見上げる。 「随分と帰りが遅いから心配したのよ?家出しちゃったのかと思ったわ」 「ははは、ごめん。心配かけた」 笑うジーナの頬を両手で包み込んで、ソフィアは顔をまじまじと覗き込む。 「少し……痩せたわね。顔色もばっちりとは言い難いわ……。 怪我は?病気はしてない?」 畳み掛けるような問診にジーナは困ったように笑う。 「ソフィア、後でこの馬鹿娘の全身診てやれ」 ジーナの後ろからのっしりと部屋に入って来た白ひげの言葉に、まぁ!とソフィアは眉を潜める。 思わぬ告げ口に「オヤジ…」とジーナが呻いた。 「こうやってな、聞いたって素直に言いやしねぇんだ。 ナースに診てもらえば言い逃れ出来ねぇだろ。なぁ、ジーナ?」 にやりと笑う白ひげに、諦めたように深い溜め息を吐き出すと、心配顔のソフィアに「オヤジとの話が終わったら頼むよ」と苦笑混じりに言った。 「──ソフィ、しばらくナース達には席を外して貰えるか?」 抱き着くソフィアをそっと引き離しながら言うジーナに、悩む素振りを見せたソフィアであったが、それに頷くと部下のナース達に人払いを指示する。 ソフィアの指示に部屋にいたナースは、騒がず静かに船長室から出ていった。 ジーナは白ひげが座る正面へと腰を下ろす。 「ナース、前より増えたね……体の調子はどうなの?」 「どうもしねえさ、でけぇ体を見るのに人手が必要だからと増えただけだ。 ただ、ソフィアの奴が年々口煩くなって来てるなぁ」 好きに酒を飲ませてくれやしねぇ、とぼやけばジーナはからからと笑う。 「土産にオヤジが好きそうな酒を持って来たが、ソフィに取り上げられないようにこっそり渡す事にするよ」 歯を見せて笑うジーナの顔を、白ひげは眩しそうに目を細めて見つめる。 ジーナは白ひげにとって初めての“娘”だ。 気は良いが荒くれ者の男達の中で育ったせいか、口が悪く手が早いのが玉に傷だが白ひげから見れば可愛い娘だ。 その娘が長旅から無事帰って来たのだ、何より嬉しい事である。 「なぁ、オヤジ。 長くかかってしまったが、私はちゃんと役目を果たして来たよ」 褒めてくれる?と小首を傾げてはにかむ様は、もういい年の女だと言うのに親の欲目か可愛いものだ。 しかし、船長という立場柄話も聞かずに手放しで誉めるわけにはいかない。 「首尾はどうだったんだ?」 「うん、結果から言えば──ビッグマムはあの島から手を引いた。 島の連中も引き続き、オヤジのシマであることを望んでいる」 「そうか……」 ジーナの使いは、白ひげがナワバリとしていた島を荒そうとするビッグマムの傘下と、白ひげの代理として話を付けに行く事だった。 ビッグマムがそこに興味を持ったのは、その島の名物であった砂糖菓子。 噂を聞き付け傘下を差し向けたらしいが、そこは既に白ひげのナワバリだ。 知らないで手を出したのかはわからないが、“白ひげ”のモノに手を出して何もないでは他に示しがつかない。 だが、白ひげ本人が動くとなれば四皇同士のぶつかり合いだ。海軍も島周辺の国の警戒も高まり、そこでの衝突以上の騒動に発展しかねない。 元よりビッグマム本人ではなく傘下が相手なのだから、こちらも白ひげがでばる必要はない。 そこで船の中で実力もあり、長く船を離れても問題ない人物──ということでジーナが、グランドラインを逆走して遠く離れた島へとむかったのだ。 「ビッグマムは今、オヤジとやり合う気はなかったみたいだ。 こちらのナワバリだと主張すれば、すぐに引いてくれたよ」 「すぐ、というわりに随分かかったじゃねぇか。 いざこざはあったと聞いたが、何か吹っ掛けられたんじゃねぇだろうな?」 遠く離れた島とは言え、そこの移動は船の位置が変わったしてたとしても、“貝”を動力としたジーナの小船なら往復半年もかからないはずだ。なのにジーナが船を離れてから、優に一年は越えている。 報告書という便りがその間なかったわけではないが、ジーナが船を離れてから半年辺り一度途絶えた時期があった。 その時は、このグランドライン故の事情と考えていたが、僅かな懸念が残っていたのは確かだ。 「そう、報告した通り一度襲撃を食らってその後片付けに時間をくっただけだよ。 でもねぇ、件の傘下の奴等がさぁ……」 そう言って渋い顔をしたジーナに、白ひげは黙って話の続きを促す。 「傘下に下って直ぐだった奴等でさ、何が何でも成果は上げたかったらしい」 つまりは、“親”の取り決めを無視して凶行に及んだのだ。 「結構、無茶な戦いを挑んできてさ……まぁ、それは粛清させて貰ったけど。 ちなみに、取り決め違反を傘下の奴等がやった事だし、あちら側からは何もなし」 一応、ビッグマムには“菓子折り”を贈ってはおいたけど、とぼやいてジーナはガリガリと頭を掻いた。 「だから、港はボロボロになるわ、暫く便乗した三下が島にちょっかいかけて来るんで、軽く遊んでやったりして。 落ち着くまで待ってたらこんなにかかっちまったよ……」 元々、何処の庇護下にもなかった小さな島である。島を守る武力があるわけもなく、だからこそ白ひげがナワバリとしてその旗を貸したに過ぎない。 一人で思った以上の働きをしてくれたジーナの報告に「そうか」と一つ頷いて、白ひげは「よくやった」と言って大きな手でジーナの頭を撫ぜてやった。すると、子供のように顔をくしゃくしゃにして、嬉しそうにするものだから白ひげの目尻も下がる。 大きな掌に自ら頭をすり寄せるような仕草でなつくジーナに、白ひげは変わらねぇなぁと呟く。 「オヤジに褒めて欲しくて頑張って来たんだから、少しぐらいいいだろ?」 指の隙間からこちらを見上げる悪戯っぽい瞳に、白ひげは目を瞬いたあとグラララと部屋を揺らすように笑った。 「あぁ、そうだな。 自慢の娘は、うんと甘やかしてやらねぇと」 その言葉に嬉しそうにはにかむジーナに、白ひげは今日の宴は盛大にやらねばと考える。 可愛い娘の帰還を、大いに祝わねば。 (親父と娘)