“輪廻転成”なんて、信じちゃいなかった──そうあの瞬間までは。 古いアパートは火の回りが早い。 ここもあと少しで燃え尽きてしまうだろう。 「隊長、これ以上は危険です!!」 背後から部下の悲鳴じみた叫びが聞こえたが足を止めるわけにはいかなかった。 まだこの先には逃げ遅れた子供と、それを助けに戻った少女がいるはずなのだ、死なせるわけにはいかない。 (それになんだろうね……胸騒ぎがする) 燃え盛る炎の熱に割れたガラスを避けながら、子供がいる部屋まで来ると玄関ドアを蹴破り踏み込む。 「誰か、誰かいませんか!?」 マスクを外し声を張り上げながら中へと進む。 返事が無いことに最悪な状況が頭に過り、それを打ち払うように舌を打つ。 「誰か──っ?!」 リビングまで来たところで、部屋に不思議な塊を見つけて続きかけた言葉を飲み込む。 煙に霞む視界の中近付いて行くとそれは、毛布の塊だった。 毛布の裾から僅かに覗いた細い足に、慌てて毛布を剥ぐと、その中には子供を守るように抱え込む制服姿の少女が中でぐったりと倒れていた。 「っ大丈夫ですか?!」 意識がない二人に声をかけながら小さく肩を揺すると、少女が小さく呻いて薄く開いた瞳が此方を見上げた。 「──……」 二つの視線が交わった瞬間、びりりと雷に打たれたような衝撃が走った。 「──ざっ、と……?」 少女が口にしたのは、名乗った筈のない否、名乗る訳のない自分の──過去の名前だった。 “輪廻転成”──なんて、信じちゃいなかった。 だが過去の記憶を持ち、さらにはあの時永久を願った相手を目の前にすれば、もはや信じざる終えないのだろう。 ::::: 雑渡が過去の記憶を思い出したのは、消防士としての活動中部下を庇って負った火傷の治療を終えた病院のベッドの上であった。 昔と同じような境遇で同じ傷を負ったせいだろうと、雑渡は入院中の暇な時間を利用して冷静にそれを分析した。 一人の病室だったおかげで、意図せずもった二つの記憶に混乱した時期は回りには悟られず、自分で折り合いをつけれたのは幸運だった。 その上幸いな事に、室町時代から格段と進歩した医術のおかげで──あの保険委員達が知ったら大層喜んだだろう──傷は皮膚の移植のおかげで顔のただれは僅かな痕が残るのみで、だいぶ綺麗だ。 体の大部分の火傷痕についてはまだまだ時間がかかるが、治ることはわかっている。 不思議そうに、皮膚移植を終えた肌を細い指先で撫ぜる少女にそれを伝えると、「そう」と小さな呟きが落とされた。 「──お前は、こんな顔をしていたんだな」 しみじみとそう言う少女は見た目に対して、随分と大人びた口調だが記憶の持つ雑渡にとっては懐かしい。 「そう言えば、君は火傷した顔しか見たことなかったからねぇ。 どう?イケメン?」 「火傷で前はわからなかったが、普通におっさんだな」 「……JKの心ない言葉に36歳の心は砕け散ちゃう……」 思わず乙女座りでしなを作って泣く真似をして見せても、彼女は「お前、今でもその座り方してるのか?」と至ってクールな返しをされた。やだなぁ、流石にもうしませんってば。 火事場に取り残された少女と救出に来たレスキュー隊員として再会した二人は、その繋がりを体面的な理由としてこうして度々会うようになっていた。 雑渡と違い、彼女はあの瞬間まで過去の記憶はなかったらしい。 火事場からの救出後、入院した彼女の元を訪ね「愛の力かな?」なんてこの奇跡的な再会を茶化して言えば、軽度の火傷に包帯や絆創膏だらけの小さな手が雑渡の手を握り、「そうだな」なんて言うから36歳のおっさんは号泣した。するしかなかった。 とは言え、だ。 相も変わらず自分はこの目の前の相手がいとおしい。 しかし、36歳とJKの恋なんて世間的にはアウトな気がする。 「あーあー……もう少し若ければねぇ」 「?」 不思議そうにこてんと首を傾げる動きに合わせ、あの時代頭巾の下に隠され褥以外では見たことのない、下ろされた長い髪がさらりと揺れる。 「ほらこの通りおっさんがね、女子高生とお付き合いしたいったら援助交際みたいだな〜と思って」 援助交際、言ってみて少し傷付いたが、端から見たらそうなるだろう。 部下達の冷たい視線も簡単に想像できる。 どうしようか、諦めるなんて出来ない自分がどう思われようと良いが、彼女が奇異の目にさらされるのは良くない。 昔と違って、害為すものを消せばいい、というわけにもいかない時代なのは、少しばかり悔やまれる。 「歳の差、気にするタイプだったのか?」 「え、そりゃあ……それなりに……」 心底不思議そうに言われた言葉に、思わず歯切れ悪く返してしまう。 「昔は気にしてなかったじゃないか」 「は?」 「まぁ、昔よりは5歳ほど若いが……でも大した差じゃないと思うんだが」 「え……?え?」 彼女の言葉がなかなか脳で処理出来ず困惑する。 「……あのですね、クジラさん」 「何で急に敬語?」 「いま、お幾つですか?」 きょとりと彼女の目が瞬く。 「間もなく18だけど……」 「──ちなみに、前世のお年は……」 「23……いや、お前と会ったのは24だったな」 わぁお、一回り違かったんですね。びっくり。 こちらの驚愕に気づいてか、クジラの表情に怪訝そうな色が乗る。 「知らなかったのか?」 「知りませんでした……」 呆れが滲む視線から逃れるようにがっくりと項垂れる。 いや自分より若いのはわかってたけど、まさかそんなに歳が離れていただなんて。 「そこになんでさらに、5歳差がでちゃってるのかなぁ〜」 もうおじさん泣いちゃうよ? 深い溜め息を吐いてそう泣き言を漏らそうかというタイミングで、不意に落ちた言葉に息が止まった。 「お前より長く生きた、その分だろうな」 ばっと顔を上げれば、苦く笑ったクジラの顔が目の前にある。 「なんだその顔。お前が後など追うなというから、私は──…」 「生き延びれたの?」 「……え?」 「あの時、私は君を守りきれたのか?」 情けなくも声が震える──自分の最期の時は今でも夢に見るたび、体を引き裂くような痛みと情けなさと後悔に苦しむのだ。 クジラの手が伸ばされ頬に触れる、その軟らかい掌に震える自身のそれを重ねる。 「あぁ、守りきってくれた──ありがとう、雑渡。 私と生徒を守ってくれて」 そっと合わせられた額から温もりと、真意に満ちた言葉が染み込んでいく。 「置いていってしまって……君を一人にしてしまって、ごめん」 「──……あぁ」 「もう絶対、一人にしないから」 そっと額を離して、視線を合わせる。 「愛しちゃってもいいかな?」 ゆるりと細められた彼女の眦に涙が滲んだ。 「どうぞ」 許しの言葉に細い背中を掻き抱いて、仰向けに倒れる。 小さく漏れた悲鳴に雑渡は喉を鳴らして笑った。 眉間に皺を寄せ、文句を言おうと開いた唇に自分のそれを重ねるどころか、舌を入れ絡ませるほどのディープなやつをぶちかます。 「おま……さっきまで、歳の差とか気にしてなかったか?」 キスの合間に流石に言わねばならんと、根性の早口で言われた言葉に、雑渡は破顔した。 「うん、でもやっぱり好きだから」 もういいや、とあっけらかんと言い放てば、珍しく虚を突かれた可愛い顔をするから、好きより愛してるが正しいかなと呟いて再び唇を塞いだ。 END