「クジラせんせー!」 向こうから響く大きな声に振り返ると、予想通りのあの子が走る勢いを殺さぬままに飛び付いて来た。 「かくまってくれってばよ!」 腰にしがみついて、幼い体を小さく縮こまらせて何とか隠れようとしているヒヨコ色の頭に、全くと深い溜め息を吐き出す。 「またか、ナルト……どーせ、何か悪戯してイルカ先生に追い掛けられてるんだろ」 「え、えへへ」 「えへへ、じゃない。今度は一体何をしでかしたんだか」 こつりと軽くげんこつしてやると、痛くない頭を抱えて少年が笑う。 「こら、ナルト!見つけたぞー!!」 「げっ、もう追い付いて来たってばよ」 「クジラ!ナルトを逃がすなよ」 「はいはい」 少年がさっき走ってきた方向から猛烈なスピードで迫ってくる先輩教師──あれでも母方の従兄である──に言われた通り、逃げ腰の少年の襟首を掴んで捕獲しておく。 「クジラ先生の裏切り者〜!」 「“自業自得”というやつだ、諦めろー」 「じごーじとく……?」 襟首を持ち上げられ、宙に浮いた足をばたつかせていた少年が、不思議そうに首を傾げるので思わず口の端がひきつった。 「ナルト君、昨日の授業で先生しっかり教えた筈なんだけどなぁ」 「え、えへ?」 「“えへ”じゃない」 可愛く笑って見せてもそこで甘やかすわけにはいかないので、ようやく目の前まで来た閻魔様、ならぬイルカ様に献上する。 「ったく……!こンの馬鹿たれ!!」 「ぎゃー!!」 ゴン、と思いっきり大きい音を響かせて降り下ろされた拳骨に、ナルトは頭を抱えて涙目になりながら畳み掛けるような説教に耳を痛めている。 正直、間近で聞いているこちらにも被害が来ている。 (耳がキーンとする……) ナルトとイルカの様子をぼんやりと見ながら、手にしていた出席簿でポンと肩を叩いた。 教師と生徒、というより年の離れた兄弟のようなそのやり取りに思わず滲んだ笑みを噛み殺していると、とどめの拳骨で説教は締められたようだ。 腕を組んで仁王立ちしフン、と鼻をならしたイルカの足元でナルトが唇を尖らせて拗ねている。 「さて……もう、学校出ないと行けない時間だな。 クジラ、この後用事あるか?」 「? 別に、何も。これを職員室に持っていったら、帰ろうと思ってたぐらいだけど」 「なら、ラーメンでも食いに行かないか? ナルトも一緒に、な!」 ナルトの頭を乱雑にかき混ぜながら、にっぱりと笑ったイルカに「また一楽?」なんて笑いながら軽く返す。 頭を押さえるイルカの大きな掌を何とか持ち上げて、ナルトが輝く顔でイルカを見上げた。 「ほんと?!」 「あぁ。今日はとんこつな気分だな〜」 「俺はね、俺は、味噌がいいってばよ! クジラ先生は?!」 「んーそうだなぁ」 職員室に向かって三人並んで歩きながら、一楽のメニューを思い返す。 「私もイルカ従兄さんと同じ……いや、しょうゆも捨てがたいんだよなぁ」 「あー、しょうゆもいいな」 「俺はだんぜん、味噌だってば!」 ナルトが元気よく叫んで走り出す。 「こら、ナルト!先に行くなよ!」 そう言ってイルカも追い掛けるように足を早めてしまう。 置いていかれては、と思い進めようとした足は動かない。 「ナルト、イルカ従兄さ──」 遠ざかる背中に腕を伸ばすが、動かない体はまるで泥沼にずぶずふと沈んでいくように最後に景色は暗転した。 はっと瞼を上げると、低い天井とそれに向かって伸ばされる自分の手。 「……」 やるせなさに深い溜め息を吐き出して、両手で顔を覆って呻く。 「あー…くそ、一楽のラーメン食いてぇ」 残念ながら、ここ室町時代にはラーメンはまだない。