郷里が同じなためか、直江は谷垣によく懐いていると月島は思っている。谷垣も、妹がいたこともあってか直江の相手をしている時はいつもより雰囲気が柔らかい。 それに時折、二人が話している声に耳を傾けていると、徐々にお国言葉が出てくるのに気づいて月島も僅かに口の端を緩めたことがある。若い上司にもお国言葉が多々出てしまう者もいるが、秋田のそれはまだ日本語に近い、と感じていた。だが、いつだったかそれを指摘した野間に谷垣が照れ臭そうに頭を掻いて「つい話していると、出て来てしまって」と言いつつ「でも、直江はまだ町の育ちだからこの程度で済むんです」と付け加えた。 谷垣の生まれはもっと北で、訛りがもっとキツイらしく。月島の脳裏に浮かんでいた薩摩隼人の言葉とおそらく五十歩百歩と言うことだった。これには直江も同意しており「阿仁のことばは、私も若干わからないところがあります」と言っていた。 ある日のことだった。鶴見中尉に報告を終えた直江が谷垣を探していた。 月島に谷垣の場所を聞いて来た直江に、谷垣の居所を告げてから用事が気になって尋ねてみると直江は少し恥ずかしそうに「聞きたいことがありまして…」と答えた。 「聞きたいこと?」 鸚鵡返しに言うと直江はますます恥ずかしそうに顔を俯けた後、それ以上の追求を避けるように「失礼します!」と早口で言い置いて踵を返し走り去って言ってしまった。呆気に取られつつも、年頃の娘が恥ずかしがるようなことを聞いてしまったようで罪悪感が滲む。だが、要件は気になる。 そんなやりとりの後、谷垣と廊下で会ったので月島はそれとなく「岡本がお前を探していたぞ」と水を向けた。 谷垣は一つ頷いて「先ほど会えました」と答え、それから可笑しそうに「月島さんに謝らなければと言っていました」と言う。 「謝る?」 「恥ずかしくて碌にお礼もせずに、逃げてしまったからだそうです」 「いや…それは…」 恥ずかしそうにほほを染めていた少女の顔を思い出して、月島はバツが悪い気持ちで口ごもった。 「あいつ、こちらに来てからどうしても食べたいのに名前がわからなくて、それを聞きに来たんです」 「ーー食べ物?」 「はい」 笑みを噛み締めながら谷垣は頷く。 「“あんびんは、こちらでは食べられないのでしょうか?”、と」 「あんびん……」 「大福餅のことです」 鶴見中尉のお使いで団子を買いに走った後。駄賃に分けてもらった団子を食べながら、懐かしい味が恋しくなったそうで、甘味屋にむかったものの名前が伝わらず困ってしまった。お国言葉でのことだから、月島に聞かれた時恥ずかしさが先に出てしまって直江は逃げてしまったそうだ。月島は腕を組んで、なるほどと唸る。 「こちらも岡本に謝りたいことがあるんだが……大福餅を持っていったら許してもらえるだろうか?」 谷垣はそれに「間違いなく」と笑って太鼓判を押した。