交代の者と言葉を交わし兵舎を出ると何気なく見回した町並みには、昼過ぎの穏やかな賑わいがあった。 耳の奥にこびり付く戦争の耳鳴りをかき消してくれる、その騒めきに三島は柔らかく目を細める。 平和であることはなんとも良い事だ。 さて、遅めの昼休憩をどう過ごそうかと思考を向けていると、多くもない人混みの中で最近見慣れた小さな背中を見つけて思わず小さく声を上げる。 「……あれは」 丈の合っていないコートに猟銃を提げ、道を進むその後ろ姿を追って三島は足を進めた。 「直江ちゃん」 呼びかけた名前に振り返った顔は少し驚いたように三島を見上げた。 「あ、三島さん。こんにちは」 パチリと瞬いた瞳を平素に戻して、直江はぺこりと頭を下げる。三島も「こんにちは」と笑顔で返した。 「珍しいね、今日は中尉の“おつかい”じゃないんだ」 基本的に彼女が鶴見からの“仕事”を貰っている時は猟銃を持たないため、肩にかけている猟銃に目を向けて尋ねれば、「はい」と直江は応える。 「近所で畑に悪戯するキツネを退治して欲しいと、お世話になっているお爺さん経由でお願いがあったので。今日はそちらに」 「なるほど、成果はどうだったんだい?」 直江は猟銃を抱える手の反対側で抱えていた布袋を掲げて見せた。 「上々です」 「そりゃあ良かった」 膨らみから言って二匹ほどは入って入るのではないかと三島は算段をつける。 「駆除のお礼に得物をいただいたんで、今からその毛皮を売りにいくところなんですが……」 そこで言葉を切って直江はじっと三島を見つめた。 「三島さんは?」 「俺? 俺は今さっき当直を終えて今は休憩時間だよ」 何となく言いたいことがあるのだろうなと思い、「どうかしたのかい?」と話を向けてみると直江は言いづらそうに視線を泳がせた後、もう一度こちらを見上げて「お願いがあるんです」と言った。 「三島さん、よろしければ少し、私にお時間をいただけませんか?」 申し訳なさそうな直江の表情に、ふむ…と僅かに悩むそぶりを見せてから三島はにっこりと笑って直江の肩を優しく叩いた。 「直江ちゃんからのお願いだ、いいよ。俺はどこまでお供すればいい?」 三島の言葉に直江はほっと肩から力を抜くと、数件先の店先を指差した。 「あそこまでお願いします。三島さんは入り口で待ってて欲しいんです、すぐに終わりますから」 「うん、わかった」 直江と並んで目的の店まで来ると、直江は「すぐ戻ります」と言って店の奥へと入って行く。 三島は入り口の前で腕を組んで、奥で店主に声をかける直江を視界に入れつつ店内を見渡した。 毛皮の売り買いをしているらしい店には数々の毛皮がそこら中に並べてある。 店主は受け取った袋からキツネを二匹取り出すとその毛皮を検分しながら、ちらりと入り口に立って入る三島に視線を向け、それから直江を見てから算盤を取り出した。 弾いた算盤を差し出した店主に、直江はその値段を確認して頷く。店主は金を払うとキツネを抱えてさっさと裏へと引っ込んで言ってしまった。 直江は頂いたお金を懐の財布にしまうと三島の元まで戻って来て、「お待たせしました」と小さく頭を提げた。 「じゃあ行こうか」と歩き出した三島の後に直江も続く。 店から少し離れてから三島は愉快そうに喉を震わせながら「なるほどね」と笑み交じりに直江に視線を向けた。 「俺が入り口で待ってたんじゃ、店主も下手に値切れないだろうさ」 「あー…バレちゃいましたか」 楽しそうに笑う三島を見上げて直江は悪戯のバレた子供のように罰が悪そうな顔をした。 「私が一人で行くといつも定価より低い値段を出されるので、三島さんをだしにしてしまってごめんなさい」 「別にいいよ、俺はただ立っていただけだし」 「……お礼は弾みます」 潤ったのだろう懐の財布に手を当ててきりっと顔を引き締めた直江に、三島は今度こそ声を上げて笑ってしまった。 「お礼ならさ、今度は俺に付き合ってくれないか?」 「え?」 いや、でもと口ごもる直江の肩に腕を回して「甘酒は好きかい?」と三島は行きつけの店で、直江の好きそうな品を思い浮かべる。 「三島さん、それじゃあお礼になりません」 「お礼になるよ。一人で昼飯食べるより、可愛い女の子と食べるとより美味しく感じるからね」 ね、お願いと微笑みかければ、直江は「うーっ」と恥ずかしそうな顔で呻いた。 笑顔の三島はうんうん唸ったままの直江を行きつけの店までまんまとエスコートしたが、後日巡回でその場を目撃していたらしい野間に渋い顔で「入って行った店によっては、逮捕しなければいかんかと思った」と言われた。 失礼な奴だなと、三島は笑いながらどついた。