うたかた


突如目の前に差し出された缶コーヒー。目を瞬いてそれを辿れば今では数えるほどしかいない同期の姿があった。

「よっ!『氷の女王』」

「それやめてっていってるでしょ。」

うちの数少ない女子社員から清掃のおばさま迄を虜にする男、安藤はお得意のキラースマイルをたたえてこちらを見た。

安藤は同期、かつ同部署で入社してから3年の付き合いになる。それなりにハードなこの会社での仕事に根をあげ、初めは何人もいた同期が今では片手で収まる程度しか残っていない。

中でも安藤とは特に仲が良く、一切恋愛感情の挟まる隙のないかけがえのない友人だ。

「お前またやらかしたな〜。桜井さん泣いてたぞ。」

「あの子私と目があっただけで泣きべそかくから最早気にしてないよ。」

「お前は気にしてなくても周りは気にしてんだよ。」

「氷の女王、なんて通り名もついてるしね。」

「いや、それはもう1つ意味があるんだよ。」

「何それ知らない。」

「若手の男性社員がお前のSっ気に惚れ込んで呼んでんの。冷たくあしらわれたい、って。」

「うーわきっしょ!聞かなきゃよかった!」

私の好みを熟知したこいつは砂糖なしのブラックコーヒーを私に、自分はカフェオレを飲んでいる。こういうところが好ましく思う。

「そもそもね?今日提出って1週間前から言っておいた書類をお昼になってもできてないっていう方がおかしくない?」

「あの子入社したてのころ宣言してたじゃん、結婚を目標にしてるって。」

「そういえばアンタのこと狙ってるみたいよ?」

「マジか〜。やりづれえなあ。」

苦笑いを浮かべる安藤の肩を軽く叩いて慰める。

安藤はただのサラリーマンにしておくには勿体無いくらいのイケメンだ。おまけに身長はすらりと高く、仕事もできる。安藤を狙う女子社員なんてほぼ全員だと言っても過言ではない。

「アンタ彼女と別れてから随分スパンも空いてるし、試しに付き合ってみてもいいんじゃない?」

「あんまりガツガツ結婚迫られんの面倒なんだよなあ。人それぞれじゃん、そんなの。」

「まあ男はそうかもしんないけどさあ、女の賞味期限は短い訳だし。可愛いと言われてるうちにイイオトコと結婚したいっていう気持ちもわかるよ?」

「お前はどうなんだよ。」

「私?」

「お前もそろそろ結婚とか考えないの?」

確かに私はそろそろ結婚適齢期に差し掛かるが、そもそも彼氏がいないし好きな人もいない。

「相手もいないのに何言ってんの。」

「相手がいたらすんの?」

「ええ?」

ううん、と頭をひねって考えてみる。そもそも結婚に夢を見ていない私としては、憧れの対象でもないのでそれほどしたいとは思わない。

「どうだろう。結婚イコール幸せ、じゃないじゃん。結婚で人生がめちゃくちゃになるかもだし、もうちょい考えたいよね。」

「お前、極端だなあ。」

呆れたようにカフェオレを煽る安藤はどこか楽しそうだ。

「さあ、もう一仕事、頑張れよ。」

「コーヒーありがとね。」

私の空になった缶も回収して、ゴミ箱に捨てる。安藤にお礼を言って、また仕事再開だ。

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