作業曲:Arctic Monkeys/NO.1 Party Anthem
Dynamite Singer
暗がりのライブハウスには、たった十数人の客。
何組目だか、歌っているバンドの曲を聴きながら端から中程へ歩いていく。
いい歌声と出会えたらという期待と客入りは比例しない事を知っているから、今日も最後まで見届けるつもりでいた。
「んだよ、客たったこれだけ?シケるな」
しかし次のシンガーは客に暴言を吐き、
酒を片手にまともに歌いもせず、過剰なパフォーマンスで非難を浴びる。遂にはマイクスタンドを蹴飛ばしてステージを空けようとしている。
挙句、すかすかの客席を眺めて空き缶が投げられ、
それがこちらへ飛んできた事だけが解った。
「おいおい。んな愚行してるようじゃオーディエンスのハートは掴めねぇぜ?」
すると舞台袖から、黒パンツにゆるっとした黒いシャツ、黒いキャップを被ったスタッフが出てきて客席へ飛び降り、私の眼前でその缶を掴んだ。
ビールの空き缶を握り潰した彼は、それを投げ返す。
舞台袖の出入口からはけて行こうとするボーカルの後頭部に一度当たって放物線を描き、客席非常口前のクズ籠に入った。
「うっせんだよ!二度と来るか!」
吐き捨てて走り去る背に出直しなと呟いた彼は、暗がりの中で深かぶりしたキャップの隙間から不敵に笑う口元を覗かせている。
兄ちゃんよくやったと叫んだ客と、
パラパラ伝わった喝采のリレーは全員に繋がり、
呆けた私の手まで勝手に釣られた。
広い箱の中でたった十数人、
総動員の拍手を巻き起こした彼は、小さな声で呟いた後付けのありがとうまで聞き逃さず受け取り、誰も居なくなったスポットの中へと背中を翻す。
口直ししようかと呟いた横顔の輪郭を逆光が走って、
一際声援が起きた。
この後のステージは、
私の生涯において一生忘れない物となる。
寝転んだスタンドを蹴り上げて、マイクヘッドに被せた指ぬきグローブの掌が角度を下げる。手を挙げたのはブースへのサインで、曲のイントロが流れ始め、照明に抗うようさらに深く下ろした帽子の
鍔
(
つば
)
の影から、歌声が静かに流れた。
静かな夜の夢の跡。
形容する似合の言葉は何も無く、ただそのように思う。
それが精一杯に、私が感じた全てだった。
マイクを放棄したシンガーに代わり、大トリの尺を持たせて全ステージを完遂させた黒子のスタッフは、この日一番の声援を受けて舞台の端に向く。フェードアウトする吊り灯体の明かりが、一纏めにされた揺れる金髪を最後まで際立たせていた。
どこへ行けば彼の歌を聞けるのかロビーへ走ったが、我武者羅なアタックに応えてくれるようなスタッフはおらず。
門前払いを食らって諦めた私は、帰り道の街角FMポスターで、あの帽子の隙間から見下ろしていた眼差しと、小洒落た髭を見つけた。
――どうか読まないで、ヒントを下さい。
ぷちゃへんざレディオ、プレゼントマイク様
リクエストじゃなくてごめんなさい。
私は毎日、頭から消えないような、
一生記憶に残る歌が聞きたいと思って
色んなライブハウスに足を運んでいます。
それが先日叶いました。
私に飛んできた、
ドイツビールの缶を握り潰した人です。
どこへ行けば、また聴けますか――
初めて聞いたラジオに齧り付いて数時間、
おたよりを読む達者な口が、止まる瞬間があった。
「ラジオネーム……あー……“同じ箱でまたいつか” ちゃん。曲だけのリクエストだな、OK。承るゼ」
デタラメな名前を勘違いだと思った私でも、
あの静かな夜が流れてしまえば流石に気が付く。
原曲をかけてくれた粋な計らいと、
またいつかという言葉に明日への期待で熱くなる。
それでもやはり彼の声が歌う方が好きだなと、
あの日の夢の跡を追い掛いかけるように目を瞑った。
Dynamite Singer
PREV
|
TOP
|
NEXT
HOME