作業曲:Deep Side /What I Need
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(時計の時刻を正確に保つための仕掛け)
錆びた針
どの時間のステージからもユメの姿を見たのにいざ自由に動ける時間を得ると見つけられない。三日もあったのに未だにだった。
初めは他人の空似で見間違いかと思っていた。いい関係を築けていると勘違いしていた俺の前にユメが現れなくなり、一歩踏み出す事もしなかった癖にフラれた気分になり、気が付けば接点も薄くなっていく。そのうちに今更声をかけるのは不自然だろうと引き気味になった。この時にくだらない事を考えず、腕を引けばよかった。そう思っても時は戻りはしない。うまく話せていた頃のユメの笑った顔が、どの夏もチラついていた。
会いてぇなと、よく頭をよぎる。
ユメを見なくなって長く経つだけに生活に支障が出るとかそんな風ではなく、ただふとした思考の空白の背景にうっすらユメの影があり、いつもそれが無になると見えた。その度にどこかで元気にやってりゃいいと考え、あたしらしい思考でかき消されていく。
それが今年の開幕で、いよいよカウントダウンが始まるというタイミングに幻覚を見る。人だかりの隅に、よく似た影。
雰囲気が似てるもんだなと少し驚きつつ滞りなくアナウンスをする。しかし数秒前というタイミングでインカムの通信がザラつき、正確な時を刻めなくなる。会場の時計盤の秒針は見えるかと急いで目をやったが、早まった熱狂で紙吹雪と風船が空を舞う。
焦りの中戻った通信は既にゼロ・ゼロで、無理に詰め込んだスリーカウントを一息に叫んだ。
ステージを囲うリスナーは始まりの歓喜で熱狂していて、進んでいく一秒一秒を前に失敗の過去を気にかける者は誰一人いない。ラジオDJとしてのやらかしを上手くフォローされる形で救われて、その熱狂に有難く乗り、改めて年に一度の夏の祭典を宣言する。
勘違いだと思っていた隅の人影はここからでも表情くらいは解った。誰もがうちわやペンライト、フェスタオル、メガホンを掲げる中で何も持たず、チケットだけをぶら下げて、両手で口元を塞いで小刻みに肩を震わせて笑っていた。ユメだと確信して今後のスケジュールを分刻みで脳内に並べる。どこなら彼女を探す時間が得られるか、どれくらいあればどこまで走れるか。
フェスのチケットさえ渡していないのにユメが居るということは、自分で手配して訪れたという事になる。引けなかった腕を引くならこの夏であって欲しい。
しかしいくらこのエリアだと確信はあっても人を一人探すというのは難しく、そう簡単には行かなかった。綿密にスケジュールを組みはしてもその殆どはユメの行動パターンの予測に留まり、実際に走る時間までは捻出できない。あの日あの瞬間しか居なかった可能性も大いにあるのに、信じたい気持ちと焦りで数日続けた。
過去には一日だったものが長期開催となった事でフェスの楽しみ方は緩やかなチル・スタイルに変わりつつあり、二日目、三日目ともなると観客はそれぞれのエリアを往来しながら動員が散っていく。
探すなら今だ。
ユメは人混みには現れない。
誰も居ない場所、それでいて俺が見える場所。
ステージから見た景色を鮮明に浮かべ、心当たりをしらみ潰しに駆ける。打ち合わせで何度も見てきたエリアだ。俺以上に把握するものは居ない。それなのにどこを回っても似た影は見つからない。
もうじきタイムリミットを迎える。何やってんだ俺という思考で埋め尽くされて、体中から力が抜ける。少し潮風に当たろうかと感傷的になり、そうなると人間の本能は静かな場所へ向かうようにできているのだろう。無意識に、計画にはなかった方角へフラリと足先が向いた。
ネオンコースターはラスト運転を終えて、ただ光ったまま停止している。フェスショップはどこもclosedの札が掛けられて店内の明かりだけが灯る。自身のネオン看板は去年までは脚が動いていたが、今年の中日でエラーを起こして止まってしまったと報告を聞いていた。ステージとは関係の無い事で実際に確認はしていなかったが、改めて見ると面白いものがある。動けばこそルンルンしているようにも見えたのに、光るだけ光っておいて、動きたそうで動けない脚は数センチを行ったり来たりで壊れて揺れている。
あまりに滑稽で笑いがこぼれる。こんな風に見えんなら話は別だ。すぐにコーションテープでも貼って電気を消して欲しかった。一体何人がこんな有様を見たんだろうかと思うとやりきれない。
笑ったタイミングでやっと人の気配を感じとり、しまったと思う。こんなだせぇ所を見られたのかと暗がりを見つめる。すると、ぎこちない動きを続けるネオン看板の柱に背を預けて、黒い波を眺める誰かが膝を抱えていた。
「こっそり見てようと思ったんですよ」
俺が誰なのかを知るより早く、その声を聞く。
懐かしいですます口調だ。少しも心を開いちゃくれねぇななんて思っていた事を思い出す。念願のユメはやっと口を聞いてくれる様子だった。
「カウントダウン笑ってたろ。それで解った」
「だって失敗するから」
「おうおうヒデェ」
「違いますよ。なんでもこなしちゃう完璧な人だと思ってたから失敗を見て嬉しくなっちゃったんですよ」
「俺のコトなんだと思ってんの? 上見てみろ? こんなにぶっ壊れてんだぞ」
懐かしい笑い声が、会場の残り火を散りばめた砂浜にコロコロと転がるようだった。やっと振り返ってくれた横顔には穏やかさがあり、終わりゆく祭典ではあるのにまた何か始まるような熱があがる。
「私好きだったんですよ。でもマイクさんの近くにいる事が怖くなっちゃって逃げました。突然ごめんなさい」
「自分でチケット買って会いに来てくれたんだろ。じゃあもう怖くねぇってコトで? まさか俺じゃなくてぶっ壊れた電気マイクに会いに来たとか言わねぇよな」
「違います馬鹿、さすがにそれは」
こんな時に笑わせてやるなと思うのに性分でやってしまう。やっと本音を教えてくれたってのに、自分ばかり都合よく探り、軽やかに笑った声と、沈みゆく夕陽がはにかんだような眩しい微笑みで、自分の傷ばかり埋めている。ユメが笑うほど最低なのは自分で、そう思うと成程このぶっ壊れ看板は正しく俺なのかもしれないと思う。
「ずっと近くにいると思ってたぜ。随分あぐらかいた。当たり前なんてねぇのにな」
冷たい砂を撫でていた手の甲を撫で、捕まえる。
驚きもせず、されるがままの腕を引けば、ユメはいとも簡単に身体を預けた。自分の胸一杯にユメという人間の重みを感じる。鈍く、静かにぶつかり合った音が骨を伝って届けば、波ではない幾つかの雫が散る。
錆びた針が再び動き始めたのを感じる。
壊れていたのだと自覚し、自分だけではなかったと知って抱き寄せれば、ぎこちない動きは緩やかに胸から背へと周り、ジャケットとシャツの間でぎゅうと握られてさらに胸を締め付けた。
錆びた針
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