作業曲:Maneskin/ If I Can Dream
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(リーゼント)
一輪の声
最近の山田くんはよく前髪を気にしている。
伸ばしているのか短く切らなくなり、サングラスにかかるようになった横髪や前髪を摘んでは唇を尖らせて、ほんの少し憂鬱そうな顔をしている。
例えどんな風でも好きだけど、私はその姿を見てただ可愛いとニコニコしている訳じゃない。
山田くんの憂いが少しでも晴れたらいいのに。
優しくて誰でも明るく照らしちゃう山田くんが笑えないなんて、嫌だ。悲しい。早くいつもみたいに笑えたらいいねと思うし、山田くんを中心に巻き起こる全ての気がかりごと消えてしまえばいいのにとさえ思う。
実際には不可能な事だし、不都合だからこそ回る都合があるのも分かってるけれど、そんな過激な事を願うくらいには山田くんの事を考えている。
チャイムが鳴って、いよいよ項垂れた山田くんは腕の中に溜息を沈めてしまって益々可哀想になる。教科書も開いたまま釘付けになっていたら、山田くんが突然腕を枕にしたままこちらに振り向いてくるから、思わずヒュっと息を吸い込んでしまった。
「ダリィぜぇ……」
「髪伸ばすんだね」
「伸ばしてみっかと思ったんだけど、邪魔なもんなんだな」
「また切っちゃう?」
「いーや! やってもねぇのに諦めたくねェ」
クラスメイトとのなんでもない会話風、そんな中できらりと彼らしさが溢れ出て、同じようでいた憂う君を憂いた私が救われる。
山田くんのそんなところが好きだよ。
口からは“お友達”だけが伝わるよう心の中でだけ言ったのに、私の晴れてしまった心はどこまでも嬉しい空を飛んでしまって、ふわふわの無意識から別の気持ちが零れてしまった。
「かっこいいね」
「え……はァ? どこが、だヨ」
目を丸くしてからの動揺と赤ら顔を見て、はじめて危うい事を言ってしまったと自覚して心臓の音が早まる。でも山田くんがかっこいいのは当たり前の事だから誤魔化せない事も無い筈だ。……たぶん。このくらいなら許されるよね、分かんないよね。
「諦めないのはかっこいいと思うよ」
「……そっかヨ」
ぐるり。
山田くんの顔はまた両腕の中に埋まっていく。
周りには私達を見ている人もいなくて、難を逃れたとほっとする。それでもドキドキが止まないのは、他ならぬ、逃がしてくれないのが山田くんだったからだ。顔は上げないくせに、籠った声でも聞こえてしまう。
「明日の相手……決まってんの」
隣のクラスに留学生がやってきた影響で、明日の授業終わりのレクリエーションにはまだ卒業もしない私達の学年にまでプロムというアメリカンな要素が加わった。それはなんの予告もなく突然の事で、だから、皆ドタバタと教室を行ったり来たりが忙しく、その話で持ち切りで、私達なんか少しも見ていなかった。
「まだ、だけど……私なんて決まる訳ないから先生とだよ」
「俺も先生だけはムリ。……なァ、カッコよくもねぇけどさ、明日踊る相手、俺とさ、……俺にして」
「いいの?」
「決まりな」
言葉に気を付けるだけなら、いくらでも心臓の音は隠せる。たった一人で閉じ込めるだけだから。でも二人してこんなに近付いてしまったら、どうしようもなく熱くなった温度とか、隠しきれないドキドキが二人分では誰かにバレてしまいそうで焦ってしまう。
かっこよくない事ないったら。
否定したくてそう言ったけれど、話を不自然に切り上げてしまった山田くんは、もうすぐ休み時間は終わってしまうのに教室から出てしまった。
予鈴直線に戻ってきた山田くんの髪は少しだけ濡れていて、目を隠していた横髪は耳の上に張り付き、前髪はぴょんと上に跳ね上がっている。視線は真っ直ぐに黒板をさしていて、憂いを振り切ったように見えた。
やっと前を向いた私はといえば、少しも切り替える事ができなくて、ただ晴れた心と、山田くんと手を繋いで踊ってしまう明日の事で頭がいっぱいになる。誰にもバレたくなくて、ただ必死に黒板を睨む事しかできなくなっていた。
翌日の授業と演習は散々だった。
教室を開ければ隅には人だかり。その真ん中で新しいヘアスタイルをお披露目する山田くんがいたせいで、一晩かけて落ち着けた心臓がまた大暴れをする。伸びかけた髪は水で濡らすより綺麗にまとめられていて、山田くんの魅力通りにファンクなラインを作っている。
目が合って、
ようようおはようと声でも捕まって、
逃げ場を失って。
取り囲む皆を前にバレないよう、懸命に「似合ってる」とだけ絞り出して席に着く。いつも以上にお調子者を発揮した山田くんは先生によく怒られて、気もそぞろな私はうっかりミスを連発して聞き逃しばかりした。
だけど、思い付きの突発予定のくせに「できる限りのドレスコードを持ってきなさい」という無茶な指示のせいで皆も調子がおかしくて、幸い私たちの小さな異変も上手く紛れていた。
いよいよ放課後を迎えれば、
誰もが見違えるほどの装いにかわっていった。
自分とは比べ物にならないくらい素敵な友人たちを横目に頭の中が心配事で埋め尽くされてしまって、ただただ裾を握る。泣きたい気持ちに見舞われて、山田くんが来てくれるまでは帰りたくて仕方がなかった。
花を一輪持った男子が、女子が待つ部屋をノックする。そうして次々消えて教室には私だけが残り、期待の空回りが積み上がった頃にやっと私だけのノックが鳴った。
「遅くなってゴメン」
がらりと扉が開いて、言葉を飲んで、山田くんは花を落としたことにも気が付かないまま、ぼうっと私のことを見ていた。
「似合わないからやっぱり行きたくないな」
山田くんが世界一だと思うほど自分の姿が嫌になり、可愛くないけど誰にも迷惑はかけてないと思っていた心に、隣に立つなら可愛くなりたいなんて手遅れな気持ちがわいてしまう。誰にもバレたくない。誰にも気が付かれたくない。誰にも見ないで欲しい。山田くんにも。
ぐちゃぐちゃの気持ちで涙が浮かんで、見られたくなくて目を逸らせたのに、やっと花を拾おうとした山田くんと目が合う。タイミング悪く落ちた涙に山田くんは花を拾うのをやめて慌ててポケットを探り始めて、ああ忘れたと顔をしかめる。そうして何も見つからなかった空っぽの手で、私のほっぺたに触れた。
「世界一可愛いって。行こうぜ」
女子の誰もが、花を受け取り身に付けた。
男子の誰もが、受け取った花で襟を飾った。
教室に花を置いてきたのは、
私達二人だけだった。
よく分からない足取りで揺れながら、ぼうっと見下ろしてくる山田くんを、同じようにぼうっと見つめる。誰もがぼうっとしていたから、私達のことなんて誰も見ちゃいない。
上手くきめられなかったと遅れた理由を教えてくれた山田くんに、私は同じように世界一だよと言った。そうすると目の前で顔が歪んでいって、背中に回された手は私の胸まで苦しめた。
赤面を伏せた腕も今はリードで忙しい。
照れ隠しの話題にうってつけな花一輪さえ持っていない。
隠すものが無い代わりに、私の肩とイヤリングの傍に赤面を埋めた山田くんの呼吸が首を撫でて、苦しくて、ぎゅうとスーツを握る。山田くんが世界一と言ってくれたから惨めな私はもういなくて、皆が持ってる花がなくたって嬉しい。それなのに世界一の優しいエンターテイナーはまだまだ私を驚かせようとする。
熱い溜息の後、山田くんは静かな熱狂に紛れて、ずっと前からと私の胸に生涯忘れない花を飾ってくれた。
一輪の声
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