真夏のデート
東京リベンジャーズ/佐野真一郎
恋愛ベタな真一郎くんと、女性らしい彼女のなんやかんやが書きたかった。
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灼熱の太陽が地に降り注ぐ真夏日。こんな暑い日に外でデートの待ち合わせをした俺のことを、誰か罵ってくれ。
息が切れることも汗をかくことも気にせず、一心不乱に目的地へと走る。仕事の時は"バイクに傷をつけてしまうから"という理由で身につけることはない腕時計が示す時刻は、約束の時間を三十分も過ぎていた。
待ち合わせ場所は、渋谷駅前。そんな碌な日除けもない炎天下の場所に、自分の彼女を何十分も立たせているのかと考えただけで、自分自身をぶち飛ばしたくなる。
常々デリカシーがないだの、気遣いが足りないだのと身内から文句を言われる俺だけれど、正直いつもは聞き流している節もあった。わかってはいるけど直らない。やれと言われてできるもんならとっくにやっている。そんな半ば投げやりな思考を持って、はいはいわかりましたよ〜と適当に受け流していたわけだ。
でも、今日は割と本気で反省している。
本当にすんません。マジで自分を殴りたい。なんだってこんな日に、遅刻なんか。
慌ただしく出掛ける準備をするなか流し見したテレビの天気予報によれば、今日の予想最高気温は35℃。外に出てきての体感温度は37℃くらい。全力疾走している今は、もう40℃を超えているのではないかと感じるほどだ。
Tシャツの袖から出る腕に当たる直射日光は、肌をジリジリと焼くように痛い。
こんな猛暑に渋谷駅前で待ち合わせだって? バカの所業か? 昨日の俺、マジでいい加減にしろ!
それでも俺が外での待ち合わせにこだわったのは、目も眩むような日差しが照り付ける街中で、ふわふわひらひらとした可愛らしい服を身にまとい、レースがついた日傘をちょこんとさして、自分の到着を待つ彼女の姿を見るのが好きだったからだ。
彼女の日傘をさす姿なんて、天気のいい日であればいつでも見れるだろうに。
しかし、遅れてしまっているのは紛うことなき事実。今ここで自分を殴り飛ばしたとしても、それにはなんの意味もない。後悔と申し訳ない気持ちを堪えるように握りしめた手は、ぐっしょりと汗ばんでいる。
一刻も早く彼女が待つ場所まで辿り着くために、蒸し暑く生温い空気を鼻から吸い込んで、コンクリートを強く踏み込んだ。
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結論から言えば、ようやく着いた待ち合わせ場所には誰もいなかった。
渋谷駅の前には数え切れないほどのひとがいるが、俺の待ち人である彼女の姿はどこにも見当たらない。
案の定この場所は日除けなど一切なく、頭上からは爛々と太陽の光が降り注ぐ。こんなところに五分とだっていられるものかと腕時計を見れば、時刻は待ち合わせ時間から四十分も過ぎていた。
俺の大馬鹿野郎。
駅前の比較的人が少ないスペースを見つけ一息つく。
全力疾走なんてしたの何年ぶりだろう。いつもは使わない筋肉を酷使してきたから、脚やら腹やらが鈍痛を訴える。きっと二日後には、筋肉痛に苦しむ未来が見える。
でも、この程度の痛み、こんな場所で待ちぼうけを食らった彼女に比べたら些細なことだった。
息が整ってきた頃に、携帯電話の存在を思い出す。目的地まで走ることに夢中で気付かなかったが、遅刻することがわかった時点ですぐに連絡を入れたらよかったのだ。
焦りでいっぱいいっぱいになっていた自分に呆れながらズボンのポケットにある携帯電話を取り出す。体温と気温のせいで液晶はほんのり湿っていた。それをズボンに擦り付けて拭い、折りたたみ式の携帯電話を開くと、メールが1件届いていた。
差出人は、俺の彼女だ。
お叱りのメールか、最悪お別れのメールか。
件名には返信を意味するRe.が何個も羅列されていて、メールを開くまで内容は確認できない。それでも彼女を待たせてしまった分、俺にはきちんと受け止めなければならない義務がある。
深呼吸をして、息を整える。携帯電話を持つ手はさっきからずっと湿っていた。暑さなのか緊張なのか、いつも以上に手汗がやばい。
"近くのカフェで涼んでるね"
いつもより幾分か時間をかけて開いたメールに書かれていたのは、たった1文。いつもの彼女らしい、端的なメッセージだった。下にはカフェの名前と住所が書かれている。
受信時間は今から三十分も前だった。
メールを開く時から思わず止めてしまっていた呼吸を、口から大きく吐き出す。安堵のため息だ。
文章が端的すぎて、機嫌の善し悪しはあまり読み取れなかったけれど、愛想を尽かせて帰ってしまったわけではなかったことが、俺を安心させる。
ギリギリ、首の皮一枚繋がってる気持ちだ。
ただ、近くのカフェに早々に移動してくれたとはいえ、メールを受信した時間は待ち合わせから十分は経っている。いつも待ち合わせの時間きっちり五分前に来る彼女の行動を考えれば、少なくとも十五分はここで待たせてしまったわけだ。
自分自身に無性に腹が立って、今度こそ自分の頬を自分で殴った。俺の突然の奇行に周りから多くの視線を感じたが、そんなものは一切気にならない。
じん、と響いた頬は、直射日光を浴びた肌と同じような痛みを帯びていた。
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メールに書いてあったカフェは、都内でよく見かけるありふれたチェーン店だった。この暑い日に涼しさと飲み物を求めて駆け込んでくる客は多いようで、店内は満席。
騒がしい喧騒をBGMに店内を見回すが、彼女の姿は見当たらない。レジ待ちの列の人達の隙間を縫ってさらに奥に進むと、店内の中程、入口からはちょうど仕切りの壁で隠れている場所から、ほっそりとした手が上がっているのが見えた。
「真一郎くん、こっち」
俺と視線が合ったことを確認した彼女は、高く上げていた右手を顔の脇まで下ろしてひらひらと振る。その彼女の顔には笑みが浮かんでいた。
待たせてしまったことは事実だが、そこまでご機嫌を損ねているようには見えない。
俺は彼女に気づかれないようにそっと息を吐くと、手を挙げて応えながら席に近付いた。
「すごい汗。暑かったでしょ、何飲む?」
ごめんの「ご」を発しようと開けた口は、彼女の言葉に遮られてしまった。悪いことをしてしまった身としては最初が肝心だというのに、悪気なく出鼻を挫かれてしまい口を閉じる。
「レジもすごく混んでるね。私のやつ飲んで一旦涼む? 顔真っ赤だよ」
そう言って差し出されたのは、グラスの1/3程まで減ったアイスティーだった。
「真一郎くん、いつもコーヒーだっけ? でも水分補給した方が良さそうだから、別の物がいいかも」
俺の返答を待たずに矢継ぎ早に発せられる言葉に流され、差し出されたアイスティーを一口飲む。
彼女好みに少しだけ甘くしたアイスティー。いつもは甘ったるいのは飲まないけれど、今日はなんだか異様に美味い。そこで、自分の喉がかなり乾いていたことを自覚した。
カラカラだった喉を潤した俺は、そこでようやく口を開いた。
「…あのさ、」
「レモンスカッシュとかどう? さっぱりするかも」
「お、おう。そうする」
「じゃあ私買ってくるよ、座って待ってて」
「いや、そのくらい自分で行くし!」
「そう?」
「うん……、いや。その前に」
「ん?」
小さく首を傾げて俺の言葉を待つ彼女からは、怒った気配も、拗ねたような気配も感じられなかった。
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