07

小さく細い雨粒たちが己の身を天に晒したものに対し、無差別に幾度も幾度も打ちたたき、絶え間なく音を作り続けていた。空を見上げれば案の定どんよりと曇っている。


私はこの光景を知っている。
空に伸びていく無機質な建物。似たような外見の建物が周囲を囲むように並び立つ。けれど目の前の建物は細部まで装飾がこだわられており、雰囲気が全く違う。
私はこの光景を知っている。けれどここに来たことは無い。

私はこの人物を知っている。
私を見据えるのは黒を基調にした服を身にまとい、独特な雰囲気の女性。とある人々から次元の魔女と呼ばれる女性。人の願いをそれ相応の対価をもって聞き入れる女性。
私はこの人物を知っている。けれどこの人物に会ったことは無い。


次元の魔女と対面するようにいるは私だけではない。少女を抱えた少年。黒髪の男性。金髪の魔術師。それぞれ身にまとう衣服が明らかに違い、異なる次元から来たことは一目瞭然。

何とも言えない雰囲気の中、次元の魔女が言葉を言い放つ。

「あなた達四人の願いは一緒なのよ」

私を除く三人は一瞬、驚いたような表情を見せた。
その反応は理解できても、私は何の驚きもなかった。冷静を気取っているわけでもない。ただ単純に、こう言われることが事前に分かっていただけだ。何度も何度も、私は繰り返しこの光景を見た。脳裏に焼き付いて離れない程に、何度も。

「その子の飛び散った記憶を集めるために色んな世界へ行きたい。この異世界から元いた世界に行きたい。元の世界へ戻りたくないから他の世界に行きたい。ある人のいる世界へ行きたい」

次元の魔女はそれぞれの願いを並べて言ってみせた。

「目的は違うけど手段は一緒。ようは違う次元に行きたい、異世界に行きたいの。ひとりずつではその願いをかなえることは出来ないけれど、四人一緒に行くのならひとつの願い対価四人分ってことでOKしてもいいわ」
「俺の対価って何だよ」
「その刀」
「な!銀竜はぜってぇー渡さねぇぞっ!!」

自分の持っていた唯一の刀を次元の魔女が指さしていたと分かると、黒髪の男性は間髪入れずに拒否した。けれど次元の魔女はすかさず選択肢のない事実を告げてみせた。

「今貴方がいるこの世界にはあたし以外に異世界へ人を渡せるものはいないから」

次元の魔女の言葉をにわかに信じがたい黒髪の男性は魔術師、私と確認を取るように目を合わせてきた。とりあえず私はこくりと頷き、次元の魔女の言葉が真実だと伝えた。
すると素直に黒髪の男性は諦め、銀竜を鞘に収めて次元の魔女に突き出した。それと同時に声を大きく、何かに誓うように言った。

「絶対「呪」を解かせたらまた戻ってきてとりかえすからな!」

人は無垢のままでは生きては生きていけないはずなのに、彼から真っ直ぐすぎるほどの純粋さを感じた。真っ直ぐすぎるけれど、子供のそれとは少し違った、強い純粋さだった。彼の紅蓮の瞳の奥に熱が籠っていた。

「おい、てめぇ、何笑ってんだよ」

少し怒りの見える声が私に向けられた。

「え?私笑ってた?」
「ニヤニヤしやがって」
「笑ってるつもりなかったんだけど、気分悪くさせたならごめんなさい。悪気はなかったの」

そういうと黒髪の男性は納得してくれたのか怒りを収めてくれたようだった。
自分でも無意識のうちに笑っているような表情をしていたことに驚いた。とはいえ、なんとなく理由は分かる。この人が、これからの中で大事な支柱となる理由が分かったからだ。そしてそれは決してぶれることのない、強く真っ直ぐで、純粋なものであることも。

次元の魔女の視線は、次なる願い人、魔術師へと向けられていた。

「貴方の対価はそのイレズミ」

そう言い放った次元の魔女に対し、魔術師はどこか抜けたような笑みを浮かべて、そして困ったような声色で言った。

「この杖じゃダメですかねぇー?」
「だめよ。言ったでしょ対価はもっとも価値のあるものをって」
「仕方ないですねぇ」

一度は反論したものの、それでも要求されると分かっていて最初から腹を括っていたかのように潔く次元の魔女へと対価を渡した。背から浮き出た刺青が次元の魔女の元へと渡る。



そして、次元の魔女の視線は私へと向けられた。


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