08
次元の魔女の視線が私を逃がさない。
その瞬間、一瞬だけまるで大雨が突然降り出したかのように雨の音が激しく鮮明に聞こえた。まるでこの空間には次元の魔女と私と、それらを打つ雨しか存在していないかのような感覚になった。
私は固唾を呑み、次の言葉を待った。恐怖を感じているわけではないけれど、何を言われるか分からない緊張感があった。
私は、私にどんな対価が要求されるのか知らない。
「貴女の対価は、貴女の記憶」
「記憶?記憶喪失になるってことですか?」
「いいえ。結果それに近い形になるだろうけれど」
私は未だ次元の魔女が言わんとしていることが理解できなかった。
「貴女の対価は、貴女にとって最も近い存在だった者に関する貴女の記憶」
「最も、近い存在・・・・・?」
次元の魔女の言葉の差す者が思いつかないわけではなかった。寧ろ、一瞬にして一人の人物が思い浮かんだ。どうやら私はまだ甘い夢から完全には覚めていないようだった。
私はそれを振り払い、消し去るように一つ呼吸をした。次元の魔女の言葉の意味をわざわざ詮索する意味はない。
私は次元の魔女から視線を外し、少年に大切に抱きかかえられている少女を見た。本来、多くの笑みを浮かべたであろうその顔は今は青ざめてしまっている。息はか細く、今にも途切れそうだった。それをじっと見つめる少年の顔はとても苦しそうだった。
「・・・・」
次元の魔女からの視線を感じ、顔を上げた。雨が目に入ったのだろう、視界が揺らぐ。
「・・・・」
「・・・・」
私は次元の魔女の言葉に従って、これからを生きなくてならない。ただそれだけをしていればいい。そうすればおのずと自分の目的は果たせる。
全てのことから解放され、私は私になれる。
そしてその時、私は再び次元の魔女に願う。私の本当の願いを。
「分かりました」
一瞬、私の言葉の後に次元の魔女の瞳が揺れた。何かを言いたげな表情をしていたが、次元の魔女はその言葉を飲み込んだらしい。
「そう。なら、貴女の対価、頂くわ」
ぼうっと私の胸元が淡い光を放つ。私の中から対価となる記憶が引き出されているんだろう。
光は段々強くなり、熱を持ち始める。その熱は全身に広がっていき、その熱に浮かされるように意識が遠のいていく。
すっと何かが頬に一線を引いた、そんな気がした。
視界がぼやける。
肩に暖かな何かが当たった、それを認識した後、私の意識は私の元を離れていった。