18

時刻は深夜二時を指していた。壁に掛けられた時計の秒針が時を刻む音が妙に大きく聞こえる。さすがにこの時刻ともなれば、日中から夜まで絶えることなく活気づいていた街も落ち着いていた。昼間には聞こえなかった虫の音が深夜の空気を揺らす。

窓から差し込むわずかな月明かりと街灯の明かりを手掛かりに、●●は戸棚からガラスのコップを取り出して浄水器から水を注いだ。ある程度の重さになったら水を止め、ほぼコップ一杯にまで入った水を一気に飲み干した。
台所の外に音が聞こえないように細心の注意を払いつつ、飲み切ると「ぷはぁー」と声を出した。
もう一度コップに水を注ぎ、そのまま後ろにあった椅子に腰かけた。

目を閉じて虫の音に静かに耳を傾けつつ、自分が眠りにつく前の記憶を頭の中で必死に手繰り寄せる。明瞭に思い出せるのはサクラが小狼が握っていた自分の手を頬に寄せたあたりまで。そしてどこから聞こえたのか、誰の声なのか分からない言葉。夢なのか幻聴なのか、空耳なのか、なんなのか●●には全く見当がつかなかった。

もう一度水を飲もうと目を開けた時、突然名前を呼ばれた。

「●●ちゃん」

驚いて声を上げそうになったところを必死で抑え、声の主を探すと台所の入り口にファイが立っていた。

「ファ、ファイか・・・びっくりしたー。もしかして私うるさかった?」
「そんなことないよ。部屋の前を誰かが通った気配がしたから、誰かなと思っただけ」
「なにそれ・・・気配にさとすぎるよ・・・。黒鋼も気がついてそう」
「たぶんね」
「なんの能力なのそれ・・・」
「●●ちゃんは眠れないの?」

もう夜も深い時間で他の人たちが眠っているということもあってか、ファイの声色は日中の時よりも低く、柔らかかった。この暗さに目も慣れたとはいえ、わずかな光の中ではファイの表情まではよく見えなかった。

「何か考え事でもしてた?眉間に皺が寄ってたけど」
「え?そうだった?」

ファイに指摘されたものの全く自覚のなかった●●は眉間に手を当てて確認していると、ファイは●●の前の机に軽く腰掛けた。机に右手をつき、体を軽く右側に傾けてファイは●●に問いかけた。

「何かあった?」

柔らかく包み込むようなその問いかけに●●は自然と口を開いた。

「私、知らない間に眠ってたみたい。でも、変な気がする。記憶があいまいで正確なことは言えないんだけど、その時眠たくなんかなかったのに、本当に突然、眠気が襲ってきた気がする」
「何か変わったこととかない?体調の変化とか」
「体調・・・・いや、特にないと思う」
「そっか、それならよかった。明日オレたちは発つから、もう夜も遅いし早く寝よう。それとも今はあまり眠くなくて寝れない?」
「ううん、そんなことない。私、寝るのは得意みたい。あ、でもどうしよう・・・私、お風呂入ってない・・・。でも今からお風呂入るわけにはいかないしな・・・」
「朝起きてから入ればいいよ」
「朝か・・・」

●●はうなだれてため息をついた。

「●●ちゃん、朝起きるの苦手みたいだねー。昨日の朝も何度も目覚ましかけてたみたいだし」
「もしかして聞こえてた?ごめんなさい・・・明日の朝は頑張って起きます・・・」
「オレが起こしてあげようかー?」
「いらない!寝相はともかく、とんでもない寝顔してるかもしれないのに見られたくないもん」
「余計に興味が湧くねー」

暗くてあまり表情が見えないとはいえ、その声色からしてファイが楽しそうにからかっていることは明白だった。●●はコップに入った水を再び一気に飲み干すと椅子から立ち上がり、使ったコップを流しの中へと置いた。

「自力で起きるから、絶対部屋に入らないでね!おやすみ!」

ファイの前を通り抜け、●●は自分の寝る部屋へと向かっていった。

「おやすみ、●●、ちゃん」

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