歪ム愛。故ノ

日常と非日常。

其の二つの境は何処にあるのか、違いは何なのか、定義はあるのか。
未だ私には、そんなことは分からない。きっと、その答えは各々違い、その全てが正解なのだろう。

けれど、
けれど確かに、“池袋”という世界では其の二つの境界線など薄く、超えるのに造作もない。日常も、非日常も抜け出すのには簡単で、日常は非日常となり、非日常は日常となる。
それさえも池袋では日常であり、非日常なのだ。

池袋では、世間様から見ると“異常”と呼ばれるようなことが毎日のように繰り返され、 時には周りを騒がせるのであった。
漫画のような、アニメのような、小説のような、ドラマのようなことが起きている世界が、この“池袋”である。
けれど、そんなことを起こしているのは、一人を除くと、紛れもない人間なのだ。どれだけ人間離れした思想、身体、性格をしていようとも、人間であることに変わりはない。


歪んでいる。

確かに彼等は歪んでいる。

歪んで、歪んで、歪んでいる。

其れは事実。

けれど彼等だって人間。

其れも事実。

だから・・・だから・・・・だから、彼等だって恋をする。歪みながら恋をするのだ。


私だって歪んでいた。多分、今も歪んでいるだろう。
そして私は恋をした。“池袋”という世界の中で。
きっとそれも歪んだ恋。
だけど其れは恋から、愛へと変わった。

私は池袋で、紛れもない恋をして、愛へと変わった。




此処から始まるのは、歪んだ恋の、愛の物語。