窒息する花


海面は太陽の光を反射してキラキラと輝いていた。ザパーンと波が勢いよく岩に打ち付ける音が遠くに聞こえる。時折聞こえる穏やかな波の音が心地よい。ただ、べたつくような潮風だけは好きじゃない。

私は今、日本の南の島に来ていた。仕事ではなく、息抜き旅行、といったところだろう。しかしこれは決して自分の意思じゃない。蓬玉が私の知らない間に手配して、私自身の同意なく放り出されたのだ。
書類処理に一時的な区切りがついてほっとして就寝し、朝起きるともうすでに旅行の荷造りがされていた。ここまで用意周到な蓬玉に私がかなうはずもなく、今に至る。それが私に対しての思いやりだとはわかっていても、自分一人というのは気が引けた。四人で行きたいと言ったけど、それでは龍井様にばれるからと言われた。それを言われればこちらには返せる言葉はない。


蓬玉はいつ宿の予約なんてしていたのか、私はご丁寧に用意された民宿に泊まっていた。
都会の雰囲気とは全く違う、自然に囲まれたこの島にはこれといった観光名所はないようだった。とはいえ、綺麗な空気、澄み渡った空、透明な海、それだけでこの島の魅力は十分だ。とりあえず私は荷物の中に入っていたビキニの上からTシャツを着て、ショートパンツを履いて海に出た。

軽く海に潜って楽しんだ後、偶然見つけた洞窟に足を踏み入れた。裸足だったため、ごつごつとした岩が少し痛い。けれど薄暗くて奥の見えない洞窟に好奇心が惹かれていく。

「ずいぶん、おっきいわね・・・・」

周囲の波が集まって打ち寄せてくる要所だからか、予想以上に大きな洞窟だった。

「あー」

小さく叫んだ声も、岩に反射して響いて、小さくなっては吸い込まれるようにして消えていった。それが何だか面白くてつい、子供のようにテンションが上がってしまう。
洞窟はずいぶん奥まで続いていて、進むにつれて波の音が遠ざかる。

すると突き当りに何か箱のようなものが置かれていた。近付くと、それがただの箱ではないことが分かった。その箱にはしめ縄が括り付けてあった。

「んー、社、かな。随分素朴だけど・・・」
「誰?」

背後から声をかけられた。小さな男の子の声だった。その声に振り返ると、その男の子の後ろに二人の男の人が立っていた。少し逆光になっていて顔はよく見えなかった。けれど特徴的なシルエットに薄く既視感を覚えた。

「なんでお前がここにいるんだよ!」
「まさかのビンゴ」

私の既視感は見事当たっていた。男の子の後ろに立っていたのは一葉と槙紅だった。

「あれ?ついこの前も日本に行ってたんじゃなかったっけ。何でまたいるのよ」

単純な疑問を口にしただけなのに、一葉は何か気に入らなかったのか舌打ちをかましてきた。そんな反応をされる言われはないと、私は一葉と距離を詰めて睨んでやった。

「おい、おまっ・・・・え!」

何故か一葉は私から目を背けて一歩後ずさった。

「ちょっと、なんで逃げんのよ」
「逃げてねぇよ!」

そう否定するも、私が一歩近づくと一葉は案の定、一歩下がった。
これ以上は無駄かなと、私が呆れのため息をついた時、顔面に何かを投げつけられた。それを手に取ってみると、一葉が肩からはおっていた着物だった。あろうことか、女子の顔面に柔らかい布だとは言え、物を投げつけてきたのだ。
一葉は粗雑で、いつも一言多い馬鹿だ。けれど、それでも私に何か手を出してくることはしなかった。

私の何かがよほど一葉は気に障ったのだろう。

「何か気に障ったのなら謝るわ」

投げられた着物を一葉に返す。私はもうこれ以上一葉たちに干渉しないよう、この場を後にすることにした。

なのに一葉の手が私を止める。
そして先程返した着物が私の肩に掛けられる。訳が分からず振り返ると、一葉はまた私から目をそらした。

一葉の隣からひょこっと槙紅が顔を出す。

「服のことだと思いますよ」

槙紅の差すその先を目で追っていくと、自分の上半身に行きついた。そこで私は理解した。Tシャツを着ているとはいえ、先ほどまで海に潜っていたためそれはほぼ意味をなしていなかった。下に着ているビキニが透けて見えてしまっている。

理解したところで顔を上げると、何故か槙紅の頭にたんこぶが二つほどできていた。

「はいはい、お目汚しすいませんでしたね」
「誰もそんなこと言ってないだろ」
「お目汚しは退散するので大丈夫ですよ。それに服が濡れて後で文句言われるのも嫌だし」
「んなこと言わねぇよ!」

肩から着物を取ろうとする私の手を一葉は強引に押さえてくる。それに対抗しようとして見るものの男の力にかなうはずもなく、私の体が後ろに下がる。

「っ!」

はっと何かに気が付いたように目を見開いたかと思えば、突然、一葉は私の背中に手を回して引き寄せた。

「あっぶね・・・」
「は?」

一葉が私の肩越しに下の方を見ていたので、首をひねって後ろを振り向くと私のすぐ後ろに男の子が立っていた。結構な至近距離で私を凝視している。

「・・・・誰?」

くりっと大きな瞳が私をじっと見る。その瞳は単に名前を聞いているだけのものとは少し違うような気がしたが、それ以外に答えは分からない。

「あ、えっと、私は溟 ●●」
「●●・・・」
「そう。君の名前は?」

一葉の手をほどき、男の子と目線の高さを合わせるために屈んだ。

「りゅう」
「はじめまして。ところで、こんなとこに何しに来たの?」

この洞窟が居心地よさそうなのは分かるけど、幼い子供が一人で来るような場所じゃない。
りゅうは後ろを向いて突き当りの社を指さした。

「何か脅されたの?」
「そんな外道みたいなことしねぇよ!ここらに、海の近くの神社ないかって尋ねて、案内してもらってたんだよ」
「そうなの?」

念のためりゅうにそう確かめると、りゅうは首を縦に振った。その仕草がまさに子供といった風でとてもかわいらしかった。

「どんな神さんの社なんだ?」

どうやら一葉たちは仕事で神様を探しにここにやってきているらしい。
前回、日本が神無月であるということも知らずに行って何の成果も上げて来なかったことを指摘されてのリベンジだろうか。いや、本当にそうならまだ神無月の内にもう一度日本へ行くなんて馬鹿すぎる。一葉は藍様から直接仕事をもらっているという噂もあるし、何か狙いがあるのだろう。

「白い蛇の神様」
「蛇・・・か。水神としちゃあよくあるが。どうだ?」
「うーん」

槙紅は自分の頭抱えて唸った。男の人にしては少しかわいらしい顔の眉間にしわが寄る。

「ここに本体はいないです。抜けてる感じはありますね」

あれは社ではあるものの、ここに神はいないということだろう。ある意味、あれはただの箱だったのだ。

「兄ちゃんら、こういうのに興味あるの?」

興味があると言えば語弊があるかもしれない。ここの日本の人達と違って、私たちは神の存在を信じているのではなく、視認しているのだ。

「じゃあ明後日の夜、水神祭があるから見に行く?」
「水神祭?」

聞き覚えのある言葉に私はりゅうに聞き返した。

「そう、今月末で海を閉じて人が泳がなくなるから、それまでの間水難を防いでくれたお礼にって、島の皆が開いてくれるお祭り」

そういえば、蓬玉がお祭りが開かれるから行ってみたらと言ってくれていたのを思い出した。わざわざ日本にまで来てお祭りに行って一葉と会うのは気が乗らないけど、蓬玉が用意してくれたことなので行ってみよう。

「それに夜店は出ますか」

槙紅はとてもきらきらしたオーラを纏いながら、りゅうへとずいっと寄った。食いつきようが半端ない。

「供え物の菓子は食べていいのか」
「良い訳ないでしょうが!」

槙紅と同じく食欲丸出しにしていた一葉だが、どうやっても槙紅のようにかわいくは思えない。

「兄ちゃんら、ホント食欲に素直だね」
「いや、私は違うから」

槙紅、一葉の流れでりゅうの視線が私に流れてきたので誤解を招かないようきっちりと断言しておいた。一緒にされては困る。

「あと、山の方で奉納舞があるんだ」
「山?祭りはここでやらないのか?」
「ここじゃお祭りがしにくいからご神体は陸の方に移してあるんだよ」
「まぁ、確かに・・・」

視線を足元へと落した。
洞窟の中に入り込んでくる海の湿気と潮風で足元は不安定で、すべりやすかった。風の強い日は洞窟のだいぶ中にまで波が入ってくることもあるだろう。ここでお祭りをするのはあまり適切ではない。
さらに、裸足だった私は何度かこけそうになってしまった。

「昔は海辺に社があって、祭りもそこでやってたけど、ここらはたまに風が強くなって津波が来るから。だから津波の来ない山に社が移動して、いざって時は皆、社に逃げて波が引くようにお祈りしたんだって」
「―――そうか」

一葉は、海の向こうを見ているような遠い目をしていた。

「ま、私は絶賛休暇堪能中なのでこれで失礼するわね」

肩に掛けられた着物を返えそうとしても、それを一葉は突き返そうとする。

「だから・・・っ」
「気遣いは十分わかったけど、潔斎する時に困るでしょ。ほんと、勘弁してよね」

そういうと、一葉は着物を手に取ってくれた。

「じゃぁ、お仕事頑張ってー」

槙紅とりゅうに手を振って私はその場を後にした。