ワンルームの楽園
4
先ほどとは明らかに異なる柔らかなまなざしとこの距離に心臓が飛び跳ねた。驚きの他に少しの恥ずかしさとときめきが鼓動を強くする。
「これあげるわ。引っ越しと一人暮らしデビューのお祝い」
ヴィルの手元には淡いピンクに染まった、可憐な花たちが束ねられた花束があった。何かを持っているなとは思ってはいたが、それが何なのか全く気が付かなかった。
「ドライフラワーの花束・・・?」
たまに友人と一緒に入るオシャレなカフェや雑貨屋さんに飾られているオシャレな花束、という認識だったのに、まさかそれが私の部屋にやってこようとは。
花束をもらった経験もなければ、そもそも自分でも手を伸ばそうとしたこともなかったので戸惑ってしまって恐る恐るそれを受け取った。顔を見ていないので詳細には分からないけれど、そんな様子の私がヴィルには面白かったようででくすっと笑った声が聞こえる。確かに、たいして深い意味があるわけでもない花束を受け取るだけの動作に困惑する人なんて、はたから見ればそういう反応になるのも理解できる。
こみ上げる感謝と嬉しさと一緒に抱え込むように花束を持って、私は顔を上げた。
「ありがとう。可愛い」
何も突飛なことは言っていないはずなのに、ヴィルはこちらを見ながらも意識を飛ばしているかのように固まった。
「ヴィル・・・・?」
はっと我に返ったように瞼を開閉するとヴィルは何かを紛らわすかのように、少し挙動不審に体を斜めへ向けた。
「花瓶も買ってきたわよ。どうせないだろうから。机の上に置けばいいわ。それほど嵩があるわけじゃないから邪魔にもならないでしょ」
ヴィルの視線の先には、床に置かれた紙袋があった。一見して私が購入したものではないなとわかるオシャレな雰囲気をまとうその紙袋の中にヴィルが見立ててくれた花瓶があるのだろう。あまりにも私の性格を知り尽くしたかのような準備の良さに嬉しさ以上に感嘆してしまう。
「それにしても、床の本邪魔ね。大事な本なんでしょ、本棚買うの考えなかったの?」
「学年上がって課題とかに追われてると私の面倒くさがりに拍車がかかって考えられなくって」
名案を思いついたと言わんとばかりにヴィルの表情が晴れる。
「じゃあ私が見繕ってあげるわよ」
「ほんと?嬉しい!あ、でもそんなに高くないやつお願い。働いてない大学生が手の出せる範囲で」
「お祝いなんだからアタシからのプレゼントに決まってるじゃない」
「お祝いってなんの?」
「大学の奨学生、継続認定されたんでしょ。●●の大学は入るだけでも大変なのに、奨学生になって継続認定までされてすごいじゃない」
「あれ?それ言ったっけ?」
言葉を言い終わると同時に墓穴を掘ったことに気が付いた。時すでに遅しとはこのことで、ヴィルからの視線に呆れと苛立ちが混じっていく。心の中で思わず頭を抱えた。
「貴女のおばあちゃんから聞いたわ。●●ってば大事なこと何もアタシに言ってこないのね」
何か良いセリフはないかと思考を巡らせる。
「そういうことね。ありがとう。ヴィルに褒めてもらえるなんて本当に嬉しい。だから気持ちだけ受け取っておくね」
「なにそれ、アタシには誕生日以外貴女のこと祝わせてくれないわけ?」
何か気に障ったようでヴィルの表情は陰り、声のトーンが少し下がっていた。
「ヴィルには毎年誕生日に素敵な贈り物をもらってるし、今日だって引っ越しと一人暮らしデビューに素敵な花束をくれた。それで十分なの、物は。もう大丈夫。それに、お祝いってなにも物を贈るだけのことではないでしょ?」
いかのも正論のような物言いになってしまったと自分の語彙力のなさを呪った。まるで彼のしようとしていたことが即物的で悪いと言っているように聞こえかねない。そういう意図は全くないのに。フォローしようと私が口を開く前にヴィルが口を開く。
「それは分かってるけど」
「こうやって忙しい学業と仕事に都合つけて会いに来てくれるだけで私はすごく嬉しくて、とても満たされた気持ちになるの」
ヴィルは不服そうに口をつぐんだ。
これは紛れもない本心。お世辞なんかじゃない。幼馴染とはいえ、年齢も違う、学校も違う、仕事も違う、今では住む場所さえ違う。そういう私たちがこうやって面と向かって会えるというのは、本当に貴重なのだ。そしてそれが私は本当に嬉しい。
「ね、だから、またこうやって訪ねて来て。私はあなたの家族でもナイトレイブンカレッジの生徒でもないから、あなたを訪ねることはできないから」
「誰もここにくるのは最後なんて言ってないわ」
「それは嬉しいな」
「ちょっと、子供をあやすような言い方しないでよ」
「何言ってるのよ、実際あなたは私より年下でしょ」
「こんなの誤差でしょうが」
「事実は事実」
ヴィルはまるで、気に入らないと抵抗する小さな子供のような反応を見せた。目の前にいるのは自分よりも年下とはいえ見かけも中身ももう立派な青年なのに、幼い反応を見せるそのギャップに私は楽しくなっていた。たまらなくなって笑っていると、ヴィルは真顔になってすっと黙ってしまった。
「っ!」
突然、ヴィルは左腕をつかんで私を引き寄せた。あと僅かでも距離をつめればお互いの吐息が聞こえるほど、お互いの鼓動が聞こえるほど、私たちはこれ以上ないほどに近付いていた。
けれどもやはり、彼の真意は私には量りかねる。どこか熱っぽい吐息の、悲しみを含んだかのように潤む瞳の、優しいというには弱々しくも私を離さないその手の、その意味を。
ああ、本当にやめてほしい。彼にとっての私は“年上の幼馴染”以外の何者でもなく、それを勘違いすることはない。勘違いすることはなくとも、こちらの“年下の幼馴染”として以外の彼への感情が加速しかねない。いや、加速していると早くなる鼓動が私に教えた。目をそらしてしまいたかったが、アメジストの瞳に映る私は一歩も動けない。
「会う度に花束をあげるわ」
「ヴィル」
私は制すように彼の名前を口にした。首を横に振りはしなかったものの、ヴィルの瞳は私の言わんとしていることを察しながらそれを否定していた。
「●●」
それはまるで懇願するようで、私は何も言えなくなってしまった。アメジストの瞳が不安そうに揺らぐ。
「・・・じゃあ、ドライフラワーが枯れてしまわないうちに会いに来て」
私の言葉で、先ほどまでの空気が途切れた。ヴィルが私をつかんでいた手を離す。その表情は普段の、得意げな笑みに変わっていた。私は心の中で胸をなでおろした。
「何言ってんの。この部屋を花でいっぱいにしてあげるわよ」
「楽しみにしてる、ヴィル」
“不釣り合い”
それでいい。それが私と彼であり、だからこそ此処が“ワンルームの楽園”足り得るのだから。
The End.
「これあげるわ。引っ越しと一人暮らしデビューのお祝い」
ヴィルの手元には淡いピンクに染まった、可憐な花たちが束ねられた花束があった。何かを持っているなとは思ってはいたが、それが何なのか全く気が付かなかった。
「ドライフラワーの花束・・・?」
たまに友人と一緒に入るオシャレなカフェや雑貨屋さんに飾られているオシャレな花束、という認識だったのに、まさかそれが私の部屋にやってこようとは。
花束をもらった経験もなければ、そもそも自分でも手を伸ばそうとしたこともなかったので戸惑ってしまって恐る恐るそれを受け取った。顔を見ていないので詳細には分からないけれど、そんな様子の私がヴィルには面白かったようででくすっと笑った声が聞こえる。確かに、たいして深い意味があるわけでもない花束を受け取るだけの動作に困惑する人なんて、はたから見ればそういう反応になるのも理解できる。
こみ上げる感謝と嬉しさと一緒に抱え込むように花束を持って、私は顔を上げた。
「ありがとう。可愛い」
何も突飛なことは言っていないはずなのに、ヴィルはこちらを見ながらも意識を飛ばしているかのように固まった。
「ヴィル・・・・?」
はっと我に返ったように瞼を開閉するとヴィルは何かを紛らわすかのように、少し挙動不審に体を斜めへ向けた。
「花瓶も買ってきたわよ。どうせないだろうから。机の上に置けばいいわ。それほど嵩があるわけじゃないから邪魔にもならないでしょ」
ヴィルの視線の先には、床に置かれた紙袋があった。一見して私が購入したものではないなとわかるオシャレな雰囲気をまとうその紙袋の中にヴィルが見立ててくれた花瓶があるのだろう。あまりにも私の性格を知り尽くしたかのような準備の良さに嬉しさ以上に感嘆してしまう。
「それにしても、床の本邪魔ね。大事な本なんでしょ、本棚買うの考えなかったの?」
「学年上がって課題とかに追われてると私の面倒くさがりに拍車がかかって考えられなくって」
名案を思いついたと言わんとばかりにヴィルの表情が晴れる。
「じゃあ私が見繕ってあげるわよ」
「ほんと?嬉しい!あ、でもそんなに高くないやつお願い。働いてない大学生が手の出せる範囲で」
「お祝いなんだからアタシからのプレゼントに決まってるじゃない」
「お祝いってなんの?」
「大学の奨学生、継続認定されたんでしょ。●●の大学は入るだけでも大変なのに、奨学生になって継続認定までされてすごいじゃない」
「あれ?それ言ったっけ?」
言葉を言い終わると同時に墓穴を掘ったことに気が付いた。時すでに遅しとはこのことで、ヴィルからの視線に呆れと苛立ちが混じっていく。心の中で思わず頭を抱えた。
「貴女のおばあちゃんから聞いたわ。●●ってば大事なこと何もアタシに言ってこないのね」
何か良いセリフはないかと思考を巡らせる。
「そういうことね。ありがとう。ヴィルに褒めてもらえるなんて本当に嬉しい。だから気持ちだけ受け取っておくね」
「なにそれ、アタシには誕生日以外貴女のこと祝わせてくれないわけ?」
何か気に障ったようでヴィルの表情は陰り、声のトーンが少し下がっていた。
「ヴィルには毎年誕生日に素敵な贈り物をもらってるし、今日だって引っ越しと一人暮らしデビューに素敵な花束をくれた。それで十分なの、物は。もう大丈夫。それに、お祝いってなにも物を贈るだけのことではないでしょ?」
いかのも正論のような物言いになってしまったと自分の語彙力のなさを呪った。まるで彼のしようとしていたことが即物的で悪いと言っているように聞こえかねない。そういう意図は全くないのに。フォローしようと私が口を開く前にヴィルが口を開く。
「それは分かってるけど」
「こうやって忙しい学業と仕事に都合つけて会いに来てくれるだけで私はすごく嬉しくて、とても満たされた気持ちになるの」
ヴィルは不服そうに口をつぐんだ。
これは紛れもない本心。お世辞なんかじゃない。幼馴染とはいえ、年齢も違う、学校も違う、仕事も違う、今では住む場所さえ違う。そういう私たちがこうやって面と向かって会えるというのは、本当に貴重なのだ。そしてそれが私は本当に嬉しい。
「ね、だから、またこうやって訪ねて来て。私はあなたの家族でもナイトレイブンカレッジの生徒でもないから、あなたを訪ねることはできないから」
「誰もここにくるのは最後なんて言ってないわ」
「それは嬉しいな」
「ちょっと、子供をあやすような言い方しないでよ」
「何言ってるのよ、実際あなたは私より年下でしょ」
「こんなの誤差でしょうが」
「事実は事実」
ヴィルはまるで、気に入らないと抵抗する小さな子供のような反応を見せた。目の前にいるのは自分よりも年下とはいえ見かけも中身ももう立派な青年なのに、幼い反応を見せるそのギャップに私は楽しくなっていた。たまらなくなって笑っていると、ヴィルは真顔になってすっと黙ってしまった。
「っ!」
突然、ヴィルは左腕をつかんで私を引き寄せた。あと僅かでも距離をつめればお互いの吐息が聞こえるほど、お互いの鼓動が聞こえるほど、私たちはこれ以上ないほどに近付いていた。
けれどもやはり、彼の真意は私には量りかねる。どこか熱っぽい吐息の、悲しみを含んだかのように潤む瞳の、優しいというには弱々しくも私を離さないその手の、その意味を。
ああ、本当にやめてほしい。彼にとっての私は“年上の幼馴染”以外の何者でもなく、それを勘違いすることはない。勘違いすることはなくとも、こちらの“年下の幼馴染”として以外の彼への感情が加速しかねない。いや、加速していると早くなる鼓動が私に教えた。目をそらしてしまいたかったが、アメジストの瞳に映る私は一歩も動けない。
「会う度に花束をあげるわ」
「ヴィル」
私は制すように彼の名前を口にした。首を横に振りはしなかったものの、ヴィルの瞳は私の言わんとしていることを察しながらそれを否定していた。
「●●」
それはまるで懇願するようで、私は何も言えなくなってしまった。アメジストの瞳が不安そうに揺らぐ。
「・・・じゃあ、ドライフラワーが枯れてしまわないうちに会いに来て」
私の言葉で、先ほどまでの空気が途切れた。ヴィルが私をつかんでいた手を離す。その表情は普段の、得意げな笑みに変わっていた。私は心の中で胸をなでおろした。
「何言ってんの。この部屋を花でいっぱいにしてあげるわよ」
「楽しみにしてる、ヴィル」
“不釣り合い”
それでいい。それが私と彼であり、だからこそ此処が“ワンルームの楽園”足り得るのだから。
The End.