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ドイツに着いて、まずナマエが虜になったのはコーヒーだった。勿論日本にも希少ではあるものの手に入らないわけではなかったが、あまりの質の違いに今まで口にしていたコーヒーは偽物だったような気がするほどだった。商人の街でもあるライプツィヒはカフェも多く、様々なカフェを訪れたが、大きな通りから一本逸れた路地にある、小さなカフェがナマエのお気に入りだった。少なくて週に2日、多ければ週に4日は訪れている。お世辞にも人気店と言えるほどの客足だとか、広さがあるわけでもないこじんまりとした店で、初めて見かけた日本人が彼だった。
「コーヒーを。」
隣の席に腰掛けた彼は、自然なドイツ語で注文を済ませると、手に持っていた新聞に目を通し出した。ナマエはこちらで出会う恐らく日本人であろう人間に少しばかり驚いたが、声をかける必要もないと、改めて次の課題曲である楽譜に目を戻した。
その後も何度か同じ青年を見かける機会があったが、かといって一度も話すことはなかった。しかし、ある時彼が持っていた物が新聞ではなく、ナマエが留学前から探していた、今では手に入れることも難しい楽譜を手にしており、声をかけずにはいられなかったなかったのだった。
「あの…」
あと先考えずに発した声に少し驚いたように青年はこちらを向いた。
「…何か?」
その声と、正面から見る顔は不思議なほどに特徴を感じられない、普通そのものだったと今になってナマエは思うのだった。
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