夏の暑さも消え去り、肌寒さが増してくる10月の終わり頃、いつのまにかテレビでは今年人気のハロウィンのコスチュームだとか、イベントの知らせだとかが目につく季節になっていた。もちろん、ナマエにとってはこの世に二度目の生を受けて18年、一度目の人生でも二度目の人生でも関係なく、全く縁のないイベントだ。そんな彼女だったが、今年は一味違うらしい。何故なら、ナマエが懇意にしているエルヴィンやハンジたちが勤めている職場のハロウィンパーティーに、半ば強引に誘われたからだ。
外観はこじんまりとした一軒家風のレストランの扉を開けば、そこは異世界かのように普段見ることのない格好をした人たちが目に飛び込んできて、ナマエはおもわずそこに足を踏み入れるのを躊躇ってしまう。「やはり、やめておこうか。」そう思い踵を返そうとした瞬間、大きな声で名を呼ばれ、引き返すことが困難になってしまった。
「ナマエ!」
ゾンビ、ではなくてゾンビに扮しているハンジは、笑顔でナマエのもとに駆け寄ってきた。
「ハ、ハンジさん。…とても凝った装いですね。皆さんすごくて、圧倒されちゃいました。」
そんなナマエは特にいつもと変わらない装いでこの場に訪れていた。もともとコスチュームを着るなど、派手な装いが苦手なナマエはこのお誘いも断るつもりであったが、衣装は無理に着なくてもいい、だから絶対に来て欲しいとエルヴィンからもハンジからも誘われてしまっては、せっかく誘ってもらったのだからとそこまでハロウィンパーティーというものを重く受け止めずに訪れたのだった。しかし、実際に訪れてみれば、普段着の者の方が少なく、逆に浮いてしまっているようで、やはりこの場にいることに気が引けてしまう。
「やっぱり衣装は着てないんだね。でも、大丈夫!そんな人用に小道具を準備してるから!」
ナマエの不安など関係なく、ハンジは楽しそうに様々な小道具が入った箱をナマエに差し出した。箱の中には猫耳のカチューシャや、魔女の帽子やステッキなどが入っていた。キラキラとした眼差しで箱を差し出されては、何かを取らざるを得ない。そう思ってナマエは恐る恐る一番手前にあった魔女の帽子を手に取った。
ウェイターからウェルカムドリンクを受け取り、立食パーティーの形式で皆思い思いに歩き周りおしゃべりを楽しんでいるそばを通り抜けながら周りを見渡し、落ち着けそうな場所を探す。そう見せかけて、本当は彼を探している自分には気づかないふりをした。
いた。壁に背を預け、不機嫌そうにグラスを傾ける彼を見つければ、偶然を装って声をかける。
「リヴァイさん。」
「ナマエか。お前みたいなガキまでこんなところに来てたとはな。早く帰れ。」
ナマエが声をかければ、より一層険しい顔をしてリヴァイは言葉を返した。先日のストーカー騒ぎ以来、家も近いリヴァイはナマエを気にかけてくれるようになっていた。外見の印象とは異なり、もともと面倒見のいいリヴァイだ。顔には出さずとも、その辛辣な言葉が心配からきているというのは一目瞭然だ。
「もちろん、お酒は飲んでいませんよ?それに、まだ19時すぎですし、そんな遅い時間ではないでしょう?」
「…まあいい。それで、手に持っているそれはなんだ。」
リヴァイがさす"それ"とは、名前が持つ魔女の帽子。それを手にした経緯などを話していれば、さらに照明が暗くなっていくことに気がついた。
「何か始まるんでしょうか?」
そう尋ねると、リヴァイは何かを答えたようだが、イベントが始まったからか、周りはさらに賑やかになり、彼の声はナマエの耳に届かない。
「え、なんですか?」
ナマエは先ほどより大きめな声で再度リヴァイに尋ねる。リヴァイは相変わらず険しい顔をしながら、名前の耳元まで顔を近づけ、言葉を発した。
「ハンジが何か準備しているとか言っていた。」
そんな大したことのない言葉ではあるが、あまりの近さと、耳元に感じるリヴァイの吐息にナマエはおもわず肩をビクリと揺らした。チラリと横を見やればリヴァイと視線が重なり、彼女の心臓はより一層騒がしくなる。
「そ、そうなんですね。あ、なんか景品が当たるみたいですよ。受付でもらったこの番号かな…。」
気にしていないふりをして、慌てて返事をするナマエをからかっているかのようにリヴァイは距離を詰めたままで、加えて先程までの顰め面とは打って変わって、口角が上がっている。リヴァイが何を考えているのかわからないナマエは嬉しい反面、反応に困りながら手元の魔女の帽子と数字の書かれた紙を握りしめた。
「75番!75番の人!誰かなー?!」
ハンジさんの陽気な声が響き渡り、ナマエは手元の数字を二度見した。
「えっ、うそ、私だ!」
自分が当たったことに驚き、声をあげれば他の参加者が一斉にこちらを見る。もちろん、進行役であるハンジもこちらに気がついた。
「はーい、そこの2人!イチャついてないで!ナマエはこっちおいでー!」
ハンジの発した言葉に、参加者たちの目が更にこちらを向く。彼らの中には驚いたようにリヴァイとナマエを見る者も少なくない。「あのリヴァイが女連れだ」などという声も聞こえてくる。
「あのクソ眼鏡。…ほら、行ってこい。」
舌打ちをしつつ、リヴァイはナマエの背中を軽く押す。ナマエは焦りながらも前へと歩き出し、ハンジの元へ向かった。
「で、何が当たったんだ?」
景品を受け取り、当たり前かのようにリヴァイの元へ戻ったナマエにリヴァイは尋ねる。
「チョコレートの詰め合わせみたいです。」
「ガキにはぴったりだな。」
「でも、これ、とっても高級なやつですよ!紅茶にも合いそう。こっそり一つ食べちゃおうかな。」
包みを開け、立派な箱に入ったチョコレートを眺めながら嬉しそうに一つ摘めばリヴァイもじっとそのチョコレートを見る。
「トリックオアトリート」
「え?」
「今日はそういう日だろ?」
リヴァイはニヤリとしながら、チョコレートを指差す。もちろん、リヴァイに喜んでおすそ分けをしようとナマエは片手で箱を差し出した。
「リヴァイさんからそんな言葉が聞けるなんて。お一つどうぞ。」
ナマエがそう返せば、リヴァイは箱に手を伸ばすのかと思えば、ナマエのもう片方の手首、チョコレートを摘んだ方を掴み、そのまま引き寄せ、彼も顔を近づけそのチョコレートを口に含んだ。ナマエは何が起こったのか理解出来ず、固まってしまう。
「悪くない味だな。」
リヴァイは平然と味の感想を述べているが、ナマエはそれどころではない。
「け、潔癖症のくせに!箱のを食べるのが普通でしょう?!」
「お前の摘んでいたそれが美味そうだったからな。」
悪びれもせず答えるリヴァイに驚きながらもだんだんと頬に熱が集まってくる。ナマエは赤くなった顔を見せないよう、脇に抱えていた魔女の帽子を目深にかぶった。
「もう…お菓子をあげたのに、いたずらされた気分です。」
「その帽子、似合うじゃねえか。」
リヴァイはくつくつと笑っているようだったが、恥じらうナマエはその表情を伺うことも出来ず、俯いたままチョコレートを一つ口に含んだ。