僕らの今が途切れないように

遠くから姿を眺めているだけで幸せだった。彼の背中を追いかけられるだけで、十分だった。それなのにいつから私はこんなにも欲張りになってしまったのだろうか。もっと側にいたい。触れてみたら、どんな反応をするのだろう。そんなことばかり考えている私は、なんて欲深い女だ。こんな私の感情に、どうか気がつかないでいて欲しい。


トロスト区掃討作戦の折にリヴァイ兵長に助けてもらってから、私は志望兵団を駐屯兵団から調査兵団に変えた。彼の自由の翼に、強く憧れてしまったのだ。人類最強である彼の役に立ちたいと心から思った。その時までは尊敬の意で溢れていたのに、いつからだろう。その気持ちが恋愛感情だと気がついたのは。ふとした時に、いつだって彼を探してしまう。すれ違いざまに敬礼をするだけで、心臓が破裂しそうに高鳴る。あぁ、この人が好きなんだ、と実感せざるを得なかった。勢いで好きですと告白した自分はどうかしていたと思うが、それに応えてくれた兵長には驚いた。まさか、こんな新兵かつ小娘の告白に応えてくれるだなんて。


いわゆる恋人同士という私達なのだが、今、次の壁外調査の概要を話している団長と共に壇上に立っているあの人物が、自分の恋人だとは全く思えない。物凄く遠い存在に感じてしまう。勿論、立場的に天と地ほどの差があるのは間違いないのだが。恋人だからと言って、兵長の立場的に公に出来ない。そうなれば、恋人らしく二人で過ごす時間は限られる。想いを伝えてふた月ほど経つが、二人きりで過ごしたのは伝えた日を含め二度で、実感なんか湧かなくて当然といえば当然で。一方的に私の兵長に対する想いが募るばかりだ。想いが通じたのは、私の都合の良い妄想のような気がしてならない。どう考えても、私に振り向いてくれるような人ではないのだから。


「共通の概要は以上だ。後は各班ごとに分かれて班長の指示に従ってくれ。」


そう指示されれば、各々、班長のもとに集まる。移動しながら、チラリと横目で兵長を見れば、彼のもとに集まる精鋭達…とエレン。エレンは特別だ。彼は人類の希望なのだから。それでも羨ましく思ってしまうのは私が子供だからで。こんな小娘は兵長に釣り合わないのに。そんな考えを振り払うべく、いつも以上にハンジ分隊長の巨人に対する愛情溢れる話を集中して聞いた。モブリットさんを含め、班員がぐったりしたところで、ハンジ分隊長に声をかけられた。


「そうそう!ナマエ、おねがいがあるんだけど。この書類をリヴァイに持って行ってくれるかい?」
「また唐突に話を変えますね。わかりました。お渡ししておきます。」


じゃ、よろしく!という一言で班は解散した。頼まれた書類を渡すべく、兵長の自室へと足を運ぶ。扉をノックすれば、「入れ。」と低い声が扉の向こうから聞こえてきた。


「失礼します。ハンジ分隊長から書類をお預かりしました。」
「…そうか。手間をかけたな。」


恐る恐る部屋に入り、ソファに腰掛けている兵長に書類を手渡した。渡す瞬間に指先が彼の手に触れ、思わず自分の手を引いてしまった。


「すみません!で、では失礼します!」
「おい、待てナマエ。」


慌てて踵を返そうとする私を静止させる彼の一言に、驚いて身体が跳ねる。彼を見やれば、隣に座れと私を促していた。まだ職務中です、と躊躇えば、「もう時間外だ。」と言い切る。少し距離をあけてソファに腰かければ、受け取った書類に目を通しだした。私は何のために引き止められたのだろう。思わず小さな溜息を一つ吐いてしまった。


「…ナマエ、言いたいことがあるなら言え。」
「そんな、何もないです。」
「現状に満足しているのか。」
「…はい。」


そう答えれば、今度は兵長が溜息を吐く。書類をテーブルに置き、目線を私に向けた。


「嘘をつくな。」


真っ直ぐに向けられた視線は、私の動きを簡単に止めてしまった。ずっとこちらを見て欲しかったはずなのに、いざ目が合えば狼狽えてしまう私は情けない。


「怒っているわけじゃねぇ。お前の考えていることが知りたい。」


口調が柔らかくなり、緊張がほんの少し和らいだ。私の考えていることを知ったら、嫌われてしまうかもしれない。けれど、ここで嘘をついたほうが、もっと良くない。


「…私も、兵長の班が良かったです。」
「そうか。他にもあるだろ。」
「私、こんなに子供なのに、兵長の恋人で良いのかなと…思います。」


それを聞いた兵長は、再度溜息を吐いた。


「すみません…。」
「謝らなくていい。まず、俺の班が良いという話だが、それは無理な話なのはわかるな。お前は新兵だ。まだ経験も浅い。この班は精鋭中の精鋭を集めている。公私混同をすれば俺のためにもお前のためにもならねぇ。」
「理解しています。」
「ナマエ、お前は俺の班じゃなくても、側にいる権利がある。お前は俺の女だろ。確かに、年の差はあるが、こんな狂った世の中だ。そんな問題は些細なことに過ぎない。違うか。」


私が恋人であるとはっきり示してくれた。それだけで、気持ちが軽くなる。


「私、兵長の側にいても良いんですね。」
「当たり前だ。」
「一つ、お願いがあるんですが。」
「…言ってみろ。」
「抱きついても良いですか?」


そう問いかければ、兵長は驚いたように目を見開いた。初めて見る表情で、嬉しくなる。もっと、彼の色んな表情を知りたい。


「…好きにしろ。」


そう返答されればすぐに、私は初めて自分から彼に触れた。そうすれば、ついさっきの憂鬱が嘘のように、幸せな気持ちで溢れていた。
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