‐フロイドside‐
小エビちゃんを意識し始めたのはいつからだっただろう。
異世界から来たオンボロ寮に住む双子の兄妹。双子という共通点に、初めこそ興味津々だったのを覚えている。
でも、マジフト大会の怪我人騒動でスパイごっこをしていた時も、アズールと契約させるために食堂で誘惑をかけに行った時も、小エビちゃんはいつ見ても隣にいる小エビくんの影に隠れていて、一言二言喋っては黙り込む。
口角が上がった表情は見たことが無く、何をする時もぼーっと宙を眺めていて。小エビくんやカニちゃんたちが声をかけなければ、その存在すら無いように感じてしまう。
つまんない子。
第一印象はそれだけだった。
それがどうだろう。アトランティカ記念博物館から写真を盗んだところを、オレとジェイドで妨害するという簡単な任務。日没までの時間さえ稼げば俺たちが勝つはずだった。
なのに、海の中ではオレたちが圧倒的有利な状況下だったにも関わらず、カニちゃんたちの頭のイソギンチャクが消えた。聞けば小エビちゃんたちは契約書を破棄するために、あのトドのように怠惰なレオナ・キングスカラーと取り引きしたという。
「ユウがな、“オンボロ寮を取り戻すのに協力してくれるなら、明日部屋から大人しく出ていく。でも、協力してくれないなら、毎日部屋の前で三人で朝まで大騒ぎしてやる”って言ったんだ。んで、どんだけうるさくなるか三人で実演してやったんだゾ。お陰で、明け方まで大声で騒ぐことになっちまって、今日は寝不足なんだゾ」
「「うわぁ……」」
ジェイドと共に呆れた溜め息を吐く。そんなの取り引きではなく、ただの脅しだ。
「つーか、ユノ! お前がもうちょっと早く手伝ってくれてたら、あんなに遅くまで大騒ぎする必要なかったんだゾ!」
「てか、ユノが大騒ぎするって想像できないんだけど……」
「何をしたんだ?」
腹を立てるアザラシちゃんの様子に、カニちゃんとサバちゃん、ウニちゃんも不思議そうに小エビちゃんを見やる。最終的にトドを動かしたのは小エビちゃんのようだ。
小エビちゃんは集まる視線が嫌なのか、そっぽを向きながら言う。
『……“ガラスに釘”って言った』
「え……、そんだけ!?」
「なるほどな。俺たちサバナクロー生は耳が良い。扉に隔たれた部屋の前でも騒音は耳に響くってのに、それが不快な音なら尚更キツイ」
「ガラスに釘……人間でも普通にヤバイぞ……」
「オレ様、今聞いても想像しただけで鳥肌立つんだゾ!」
まさかそんな一言であのトドを動かすとは……。これはオレもジェイドも、恐らくアズールも予想だにしていなかっただろう。
イソギンチャクたちと小エビくんの後を付いて歩くだけのお荷物。戦力外だと思っていたのに、影に潜んで確実に大手を打ち込んできた小エビちゃん。
その瞬間に、オレの中での小エビちゃんの印象は、つまんない子から面白い子へと変わった。
その後は、オーバーブロットしたアズールを鎮めたり、写真を元の場所に戻すよう説得したりと色々あったけれど、小エビちゃんが口を開くことは無かった。
アトランティカ記念博物館への遠足も、小エビちゃんはずっと小エビくんと手を繋いだまま、無表情で一言も話さない。
にも関わらず、カニちゃんたちはそんな小エビちゃんにも声をかけてはわいわいと盛り上がる。
口数が少なすぎるし笑いもしない小エビちゃんと一緒にいて、何が楽しいのか。オレは無意識に小エビちゃんのことを目で追っていた。
* * *
「楽しそうな顔をしていますね、フロイド。ユノさんが気になるのですか」
ジェイドが確信を持ったような声音で言う。ジェイドが見てそう思うのだから、オレは相当顔に出ているのだろう。
「あはっ。オレ、小エビちゃんのこと気に入っちゃったみたい〜」
「それはそれは」
くすくすと面白そうに笑う片割れに、オレも笑顔になる。
遠足に行ってから今日で一週間。
視線の先には、次の授業のためにジャージに着替えて校庭に集まる小エビちゃんたちがいる。
相変わらずの無表情だけど、見ているだけで面白いと思うのはどうしてだろう。
飽き性なオレのこの好奇心は、一体いつまで続くのか。
もう暫く楽しませてね〜、小エビちゃん。
『……ん?』
『どうした、ユノ?』
『なんか見られてた気が……』
「えぇ……、お前どんだけ察知能力高いの」
『周りが男子ばかりだからなぁ。自然に警戒しちゃうんだろ』
「それもそっか。ま、無警戒よりは良いけどさ」
「何かあればすぐに言えよ、ユノ」
『ん』