‐ユノside‐
私とユウがツイステッドワンダーランドに飛ばされて、早数ヶ月。季節は秋から冬に移り変わろうとしており、窓の外では紅葉した葉がヒラヒラと舞っている。
午前の授業を終えた私たちは、エース・デュース・グリムといういつものメンバーで食堂に向かった。寒さでかじかんだ手を擦りながら、早く温かい食事にありつこうと食堂の扉を開けば、中は既に生徒たちで溢れていた。
「今日も凄い人混みなんだゾ」
『はは、考えることはみんな同じだね』
「今日の席取りはエースとユノだったな。頼んだ」
「オッケー。じゃ、行きますか」
『ん』
いつも通り、食事係りと席取り係りに分かれて移動する。食べたい物をユウたちに告げて、私とエースは空いている席を探した。
「空いてる席……、空いてる席……。お、あった。ラッキー」
ざわめく生徒たちの間を縫って辿り着いた席は、運良くたった今食べ終わった生徒が立ち去っていくところだった。
五人分の席を取って座り、エースと共に食事係りを眺めながら待つ。
「まーたグリムがユウに何かちょっかいかけてんなぁ。こっちは腹ペコなんだから早くしろっつーの」
ユウは男にしては細身だから、グリムや他の生徒にもよく女みたいだとからかわれる。
ちゃんと食べろーなんて言いながら、ユウが持つお皿がてんこ盛りにされているのが、遠目からでもわかった。
「流石にあの量は食えなくね?」
『絶対残す』
「あはっ、久しぶりに小エビちゃんの声聞いたぁ」
『!?』
ビクリと肩を跳ねさせ、声が聞こえた方へ振り返る。
そこには瓜二つの顔。オクタヴィネルのジェイド先輩とフロイド先輩が、食事のトレーを持って立っていた。
「ビックリしたぁ! フロイド先輩! 急に話し掛けないでくださいよ!」
「あははっ、小エビちゃんに声掛けたのに、カニちゃんまで驚くことないじゃん」
「それはそうッスけど……!」
「驚かせてすみません。僕とフロイドでお隣の席、宜しいでしょうか」
ジェイド先輩が示すのは、私たちが座る五人分の席の更に隣。ついさっきまで誰かがいたそこは、いつの間にか空席になっている。
断る理由も無いし、変に断ったら文字通り絞められるのはわかっている。私はエースと顔を見合せてから一つ頷いた。
『お待たせ〜……って、あれ? ジェイド先輩とフロイド先輩』
「ふな゛っ!? エース! ユノ! なんでこいつらの隣なんだ!?」
「なぁにぃ、アザラシちゃん。絞められたいの?」
「ヒィッ! な、なんでもないんだゾ!」
フロイド先輩の恐ろしい笑みで静かになったグリムは、目に見えて先輩方を避けるように一番端の席に移動した。エースとデュースもあのイソギンチャクのことがあったからか、引き吊った愛想笑いを浮かべながらグリムのように端っこへ。
必然的に、ユウの隣にデュースとジェイド先輩、私の隣にエースとフロイド先輩が座る形になった。
ユウが取ってきてくれたオムライスを受け取り、いつもより奇妙な空間での昼食が始まる。
人数は二人も増えたのに、会話はそこまで弾まない。恐怖で緊張した空気と、ゆる〜く談笑する空気に挟まれ、私と目が合ったユウは苦笑した。
「そうそう、小エビちゃん。オレ、小エビちゃんに聞きたいことあるんだよねぇ」
半分ほど食べ終わった頃、ふいにフロイド先輩から話を振られた。
なぜ私に?
正直な話、私とフロイド先輩の接点は、あのイソギンチャク事件以来一度も無い。マジフト大会で初対面だった時も、一つも会話をした覚えは無い。
いつも喋るのはユウに任せて、私は後ろで静かに見守っているだけ。
ただでさえ男子校に女子が紛れることでも目立つのだから、発言も行動も控えた方が良い。学園長にもそう言われていたし、自分でも防衛本能が働いて、なるべく存在感が出ないように息を潜めて過ごしていた。
なのに、なぜそんな私にフロイド先輩が興味を持つのだろう。
『……なんでしょう?』
静かに、冷静に、隣に座るフロイド先輩を見上げる。頭一つ高い位置にあるオッドアイは、真っ直ぐに私を見つめていた。
「小エビちゃんの〜、好きな食べ物ってなぁに?」
『は……?』
何を聞かれるのかと内心身構えていたのだけれど、その質問は単純でいて予想の斜め上のものだった。様子を見守ってくれているみんなも、食事の手が止まる。
「だからさぁ、ご飯でもお菓子でも小エビちゃんの好きな食べ物ってなぁに?」
聞き返してしまったからか、フロイド先輩は再び質問してくる。
確か彼は物凄く浮き沈みの激しい性格だったはずだ。機嫌の良いときはユニーク魔法も調子良く発動させ、機嫌が悪いと無鉄砲に弾き返す。興味のあることには夢中になるけれど、ふとした瞬間に無関心になる。つい最近、バスケ部でフロイド先輩とチームを組んだらしいエースが、かなりの気分屋だと溢していたのを記憶している。
質問を繰り返してくれた今は、機嫌が良いととって良いのだろうか。
『……ご飯ならオムライス。お菓子ならチョコレートです』
正直に回答すると、気を良くした先輩はにっこりと微笑んだ。
「ふぅん、そっかぁ。じゃあ嫌いな食べ物は?」
『……乳製品は苦手です』
「え、そうだったの?」
一緒になって聞いていたエースが言う。
自分の好みはエースたちにも教えていない。というよりも、そこまで自発的に教える必要も無かったため、私個人のことは何も話していなかった。
この学園で全て知っているのは、片割れのユウだけ。
『ユノは牛乳好きじゃないからね。牛乳、生クリーム……、あとヨーグルトとかチーズ使った料理は殆んどダメ』
「あれ? でもこの前、グリムが取ってきたピザ食べてなかったか?」
『食べ物を粗末にしたくないから食べただけ。自分からは取らない』
「ふな!? それはオレ様も初耳なんだゾ!」
『言ってないもの』
食べたくないけれど、食べられないわけじゃない。美味しくなくても折角取ってきてくれた食べ物なのだから、残したら勿体無いし失礼だ。
だから何も言わずに食べていたのだけれど、どうやら言った方が良かったらしい。
「ユノ! そういうことは先に言え!」
『今言った』
「遅い!!」
「あっははは! 小エビちゃん面白すぎんだけど!」
「ふふ。フロイドが興味を持った意味がわかった気がします」
隣で笑う先輩たちに首を傾げると、ジェイド先輩は「こっちの話です」と言って誤魔化した。
一頻り笑った二人は、既に空になった食器を持って立ち上がる。
「では、僕らはこれで失礼します」
「またねぇ、小エビちゃん。教えてくれてありがとねぇ」
『はあ。また……』
満足したらしいフロイド先輩は、お礼だと言ってグレープ味の棒つきキャンディーをくれて去っていった。
「……ユノ、お前フロイド先輩に何かしたの?」
『ほぼ喋らないのに何かすると思う?』
「いや、思わない」
「学園でも一番厄介なのに目をつけられちまったんだゾ」
『まあまあ。それより、俺たちも早く食べて教室戻ろう』
時計を見れば、お昼休みはあと十分しかない。
ユウに促されて急いで残りのオムライスを平らげると、貰ったキャンディーを持って教室に戻った。
「小エビちゃん、キャンディー食べてくれるかなぁ」
「受け取ってくれたのですから、大丈夫じゃないですか?」
「ん〜、でも食べ物粗末にしたくないからって気もするし。次はチョコレートにしよぉ」
「ふふ。そうですね」
『あ、美味しい……』