‐フロイドside‐



オンボロ寮に双子エビちゃんを送ると、待っていたのは学園長と彼女たちの母親を名乗る人だった。

母親の登場に呆然とする俺たちを学園長が中に促し、今は談話室でみんなで顔をつき合わせている。

注目は勿論、二人のお母さんだ。
姿勢を正してソファに座り、ゆっくりとティーカップを傾ける仕草はとても上品でお淑やかで、確かに小エビちゃんに似ている。
着ている服はキモノというらしい。この世界でも遥か東の国で着る人がいるのだと学園長が言っていた。

そして何より目を引くのはその容姿。どっからどう見ても俺たちと同い年くらいに見えるのはどういうことか。小エビちゃんと姉妹だと言われても違和感が無い。

ジェイドとアズールも同じことを思ったのだろう。視線だけとはいえ双子エビちゃんと母親を見比べていたからか、ティーカップを置いて一息ついた彼女が静かに口を開いた。



「まずはご挨拶からですね。初めまして。ユウとユノの母です。名前は仕事の都合上、本名を名乗れないもので、仕事での登録名は“クロ”と申します。貴殿方のことは、帰ってくる前に学園長先生から聞きました。いつも子供たちと仲良くしてくれて、ありがとうございます」


「あ……、いえ。こちらこそ、お世話になってます」



アズールが代表して頭を下げるのと同時に、オレとジェイドも軽く会釈する。仕草だけでなく言葉も凄く丁寧な人だ。



「私の姿が気になるでしょうが、その辺りはあとで子供たちから聞いてください。これでも年齢は三十六です」


「さ……っ!?」


「えっ!?」


「も、物凄くお若く見えるのですが……?」


『母さん、年齢ぶっちゃけるなっていつも言ってるじゃん』


「ふふ。反応が面白くて、つい」



クスクスと口許に手を当てて微笑む彼女に、小エビくんがはぁぁっと呆れたように溜め息を吐く。いつものことらしい。
意外とお茶目さんなのかな?



『まぁ良いけど。母さん、よく俺たちのいるとこわかったね。どうやってここ来たの? 父さんは?』


「私の仕事仲間に時空を繋げる力を持つ人がいて、その方たちに二人を探してもらって送って頂きました。ちょうど部隊を送り出した後だったから、父さんには家に残ってもらっています」


『じゃあ、まさか一人で来たの?』


「いいえ、今剣がここに」



クロさんが示す場所、胸元の着物の合わせ目には何か細長い小物が挟んである。それが何なのかはオレたちにはさっぱりだけど、もしかすると小エビちゃんが言っていた付喪神がアレに憑いているということなのかもしれない。

それを見た双子エビちゃんは、母親が一人で来たわけではないことに安堵してほっと息を吐いた。



「あの、質問しても宜しいでしょうか?」



ジェイドが片手を上げて訊ねると、クロさんは人の良さそうな笑みで頷いた。



「はい、どうぞ」


「“時空を繋げる”とはどういうことでしょう? ユウさんたちの元の世界には、魔法は無いと窺っておりましたが?」


「はい。魔法はありません。でも、似通った力なら一応あります」



言いながらクロさんは右の掌を上に向け、左手は人差し指と中指をピンと伸ばして口許に寄せた。ぶつぶつと一言二言何かを唱えると、彼女の掌の上に小さな旋風が出来上がった。

ふわふわとオレたちの髪を撫でていく風はとても心地よく、暖かいような不思議な感じがする。
クロさんがきゅっと手を握ると、その風は寮のカーテンを揺らして静かに消えていった。



「今のって風の魔法じゃねーの?」


「こら、フロイド。敬語を使いなさい」


「ふふ、大丈夫ですよ。魔法とは少し違いますね。貴殿方の場合は“魔力”と呼ばれるものが備わっているのでしょう?」


「ええ」


「私たちの場合は“霊力”……、人が生まれながらに持つ魂の力を使っています。自在に使えるのは極限られた人間だけですし、知らずに生きている人間が殆んどです。私の場合は風の属性を持っているので、こうして風を操る力があります。ユウとユノには教えていないので何もできません」


「へぇ?」



霊力は魔力のようにブロットという不純物が体内に溜まることは無い。その代わり、魂の力を使う分疲労が蓄積されるのだという。

属性というのは他にもあり、異世界を渡る力は空と地の属性を持つ人にお願いしたのだそうだ。時間と空間を移動するだけでも相当なスキルが必要らしく、異世界を渡るとなるとなかなか座標も合わなくて大変で、かなり無茶をさせたと彼女は苦笑した。



『なんでオレたちが異世界にいるってわかったの?』


「二人とも、いなくなった日のことは覚えていますか?」


『覚えてない』



気づいたら棺の中にいて、服も入学式に着ていた式典服を纏っており、私物は一切持っていなかったのだと二人は言う。

双子エビちゃんが来た日のことは、俺たちもよく覚えている。学園長に促されるままにやってきて、闇の鏡にはどの寮にも相応しくないと言われ、アザラシちゃんの登場でハチャメチャな入学式だった。



「ユウとユノがいなくなったのは、いつもと同じ朝を迎えて学校に送り出した時のことでした」



双子エビちゃんの家には鳥居という門があり、そこを潜って学校に向かうらしい。その日もクロさんは二人の姿が見えなくなるまで家の前でお見送りしていたそうなのだが……。



「二人が家の鳥居を潜る時、突然大きな地響きが起きて家全体が揺れ、鳥居の先が別空間へと繋がってしまったのです」


「別空間?」


「二人はそのまま吸い込まれるようにその空間に飲み込まれ、私と仲間たちが後を追う間も無く空間は閉じました。残されたのは、見たこともない真っ黒な馬車だけ」


「真っ黒? NRCの馬車じゃねーの、学園長?」


「ええ、確かに。言われてみれば一台分行方不明になっていますねぇ」



行方不明になっていますねぇじゃねーよ。確実にソレじゃん。なに落ち着いてアゴ触ってんの、学園長。



「地響きは私が家の周囲に張っている結界に、その馬車がぶつかったことによる衝撃だったようで、馬は完全に気絶して倒れていました。今は回復してうちで預かっています。ふふふっ、お父さんがとても懐かれていましてねぇ」


『『うわぁ……』』



朗らかに笑うクロさんに、双子エビちゃんは遠い目をして苦笑した。なんでも父親は馬に相当好かれやすく、毎日舐め回されているんだとか。



「それで、私の仲間に協力してもらい、鳥居を調べ尽くしてやっと二人が飛ばされた異世界を特定し、私を送ってもらったというわけです。着いたのが鏡の間という場所で、早々に私に気づいてくださった学園長先生にお会いできたのだけれど……」


「貴方たちが今日お出かけすることは知っていましたからねぇ。私が寮までご案内して待っていたというわけです」


『なるほど。外で母さんのご飯の匂いがしたからビックリした』



外で嗅いだあの匂いは、醤油ベースの素朴な香りだった。モストロ・ラウンジでは出したことの無いような、初めて嗅いだ独特な香り。それでいて食欲もそそる美味しそうな匂い。正直今も漂っていて腹が鳴りそうだ。

その香りが双子エビちゃんの母親の手作り料理ともなれば、二人が懐かしいと感じるのは当たり前だ。

母さんの料理は久しぶりだねと楽しみな様子の二人だが、クロさんは申し訳無さそうに視線を落とした。



「勝手にキッチン使ってごめんなさい。料理上手なユノがいるから大丈夫とは思っていたけれど、あまりにも備蓄が貧相すぎるし……、カウンターにも戸棚にもツナ缶ばかり置いてあったから、食生活が心配で……」


『『う……っ』』


「言われてますよ」


「ここからの眺めでも目につくのはツナ缶ですしね」


「そりゃ心配にもなるでしょ」



ジトーッという視線を受けて二人は表情を引き吊らせて目を逸らす。

なに、あのキッチンカウンターに置いてるツナ缶の山。前来た時には無かったよ? またアザラシちゃん用に買ったんでしょ。だから二人とも私物買えないんだよなぁ。



「でも、元気そうで安心しました。二人とも、今の生活が楽しいのですね」


『うん、凄く』


『今日も楽しかった』


「それは何よりです」



二人を見つめる彼女はゆるりと目を細めて微笑む。クロさんは我が子を大事に思っているのだと、二人も母親を愛しているのだと、傍らで見ていて理解できた。

同時に、今の状況で一つだけ懸念していることがオレの心拍数を速める。



(帰っちゃうのかなぁ……)



まさか二人の母親がこっちの世界に来るなんて、誰も予想していなかった。こっちから帰る方法を探すしか無いのだと、探さなければ一生帰れないと思っていたのに。この後の展開を悪い方にばかり考えてしまう。

できることならオレの我が儘を通したい。でも、親子の再会に水を差すようなことは言っちゃダメだ。
なんて、拳を握って我慢していた時、ピピピという聞き覚えの無い音が談話室に響いた。



「あ。ごめんなさい、私です。ちょっと失礼します」



クロさんは一言断りを入れると巾着袋から通信端末らしき物を取り出した。メールが入っていたようで、タプタプと弄って確認を終えた彼女は小さく息を吐く。



「申し訳ありません。急用が入りましたので、私はそろそろお暇致します」


「急用ってこんな時間からですか? あちらの世界では時間がズレているので?」



時計を見ると夜の八時を回る頃だった。この時間に急な仕事なんて、そうあるものじゃないだろうとアズールが尋ねる。



「時間はこの世界と同じく、一日二十四時間です。多少のズレはあるでしょうが、大体同じですよ」


『またいつもの政府のオジサンの無茶振り?』


「そう。準備できたら出陣しろって」


『母さんも?』


「場合によっては私も出ることになるでしょうね。今日は仕事振るなって言ったのに……」



本当に人使いが荒いんだからと、彼女は眉を下げながら紅茶を飲み干す。

政府に出陣……。なんだか女性の仕事にしてはとても厳つい雰囲気の内容だ。



「双子エビちゃんのおかーさんて軍人さんなの?」


「双子エビ……?」


「ああ、すみません。フロイドは気に入った人に海の生物のアダ名を付けるもので……」


「驚かすとビクゥッてするから小エビちゃんと小エビくん、二人の時は双子エビちゃんって呼んでんの!」


「フロイド、敬語。嫌がられますよ」


「呼んでます!」


「ああ、なるほど」



アズールに指摘されて使いなれない敬語に直す。見た目はオレらと同い年くらいでも歳上で、何より小エビちゃんたちのお母さんだ。礼儀がなってないと怒られたくはない。

でも、クロさんはアダ名もタメ口も不快には思わなかったようで、良いアダ名を貰ったんですねと笑っていた。



「私は軍人ではありませんが、近いものではあるかもしれないです」


『政府が関わってて戦うんだから似たようなもんでしょ』


「……お母様、もしや向こうの世界ではとてもお偉方ですか?」


「そんなことありませんよ。極普通の二児の母親です」



カチャリとティーカップを置き、クロさんは端末を巾着袋に戻すと立ち上がった。どうやらすぐにでも帰らなければいけないらしい。



「小エビちゃん……」


『…………』



隣に座る彼女の手をきゅっと握る。

母親が帰るのだから、一緒に帰ってしまうのだろう。デートの帰り際に大丈夫みたいなことを言っていたけれど、それでもいざこういう状況になるとオレの心は不安でいっぱいになる。

小エビちゃんも同じことを思っているのか、オレと繋ぐ手が少しだけ震えていた。



「フロイドくん」


「えっ、うん……、ぃや、はい」


「ふふ、敬語じゃなくて良いですよ。私の敬語は癖なので気にしないでくださいな」



クロさんは目元を緩く和ませるとオレたちの前にしゃがみ、二人で繋いだ手に手を重ねて置く。優しく触れてくるその手は温かく、クロさんを見ると藤の瞳で真っ直ぐに見詰められていて、心臓がドキリと跳ねた。



「大丈夫ですよ、フロイドくん。貴方とユノを引き離したりしません」


「えっ?」


『……わかってたけど母さん、本当に良いの?』



こんなにアッサリOKされることはわかっていたようだけど、小エビちゃんも正直なところ拍子抜けしているようだ。

だって突然いなくなった我が子をずっと探していて、やっと見つけた異世界にまでわざわざ会いに来てくれたのだ。普通は何が何でも連れ帰るところだろう。

なのにクロさんはニコニコと微笑んだまま、小エビちゃんの頬に手を添える。



「良いも何も、フロイドくんはユノが決めた恋人なのでしょう?」


「ふぁ!? なんでもう知ってんの!? 学園長チクッた?」


「失敬な! リーチくんが人魚ということと、ユノくんととても仲が良いとしか言っていませんよ」


「ふふ、貴方たちの様子を見ていれば、お互いに想い合っていることくらいわかります。特にユノは男の子苦手でしたからね」


『母さん……っ』



咎めるように眉間に皺を寄せる小エビちゃんに、クロさんはごめんなさいと謝る。

小エビちゃん、男苦手だったんだ……。

その事実に驚いていると、アズールとジェイドがわざとらしい心配そうな顔をして口を開く。



「我々が人魚であることもご存知なのに、本当にフロイドにユノさんを任せて宜しいのですか?」


「人魚の愛は重く、執着心の塊のようなものですよ。本当に良いのですか? 何があっても娘さんをお返しできませんよ、お母様?」


「アズール、ジェイド。どっちの味方なの?」


「味方云々以前に、僕ら人魚のことを知ってもらう必要はあるでしょう。人間の恋愛より遥かに重いのは事実です」


「そぉだけどぉ……」



確かに今言っとかないと後で怒られたくないしなぁと、渋々口を閉ざす。
でもこれで気が変わられたらどうしよう? 小エビちゃんとの恋愛に反対されたらマジで凹む。諦めねぇけど。

お淑やかに笑ったクロさんは、立ち上がって小エビちゃんの頭に手を置き、柔らかい髪をそっと撫でた。



「良いお友達ですね、ユノ」


『え?』


「貴女が不幸にならないようにと。今のはそう想ってのお言葉でしょう」



ね? と見詰められたアズールの顔が赤くなり、ジェイドも目を丸くする。

今日初めて会ったのに、もうオレたちの気持ちまでわかってくれている。洞察力が優れているというか、この人に嘘は通じないだろうなと直感的に思った。



「アズールくん、ジェイドくん、お気遣いありがとうございます。でも、私は娘の恋愛に口を出せる立場にないのです」


「え?」


「私もユノと同じく、人間以外の方と恋に落ちましたから」


「あ、さっき小エビちゃんに聞いた。おとーさんはツクモガミサマ? なんだっけ?」


「はい」


「か、神様ぁ!?」


「ええ。なので、もしかすると貴方たち人魚と恋愛の価値観は似ているかもしれませんね」



神様の場合は、気に入った人間を神域に誘い込み、隠してしまうなんてこともあるそうだ。

深海に引きずり込む人魚と一緒じゃん。自分以外の誰にも入って来られない場所に連れ去る辺り、人魚より神様の方が質が悪い。



「私も夫も仲間たちも、違種族との恋愛は気にしません。もちろん、娘の心が傷つけられてしまうのなら止めますが、フロイドくんはそんなことしないでしょう」



親の前で手を繋いでお揃いのペンダントまでつけているのですから、と言われて二人揃って顔に熱が集まる。

そういえばさっきまでデートしてたんだった。手もずっと繋ぎっぱなしで、めちゃくちゃ見せ付けてんじゃん。



「これがユノの幸せで、一生フロイドくんと共にありたいと願うのなら、思うままに行動したら良いです。父さんだって、きっと同じことを言いますよ」


『……ありがと』


「ユウも。こっちでのお勉強は大変だろうけど、やりたいようにやりなさい。向こうの学校のことは、私の方で手続きしておきますから」


『ん。ありがと、母さん』



小エビくんの頭にも手が伸ばされ、もう子供じゃないんだけどと言いながらも振り払わず、照れて頬を赤らめる。こうして見ていると本当に良い親子だなぁって、凄く微笑ましい。

しかし、今の話の流れに黙っていないのは学園長だった。



「え、お母様? お子さんたち連れて帰るんじゃあないんですか?」


「あら。今日は実際に世界を越えられるのかを試して、ついでに子供たちの様子を見に来ただけです。「連れ帰る」なんて一言も申しておりませんよ、私」


「はあ!?」



やっと厄介者がいなくなるみたいなことを思っていたのだろう。驚き立ち上がった学園長は、この展開に開いた口が塞がらないようだ。双子エビちゃんに厄介事を押し付けてんのは学園長のくせに。

クロさんは学園長からオレたち、双子エビちゃんへと順に視線を移していき、最後に再び学園長を見上げた。



「この世界でお友達や恋人まで作って、楽しく人生を謳歌している子供たちを、何故母親の私が元の窮屈な世界に連れ戻せましょう。それに、今この子たちは子供から大人になる大事な時期です」



間違った道を行くのなら軌道修正し、羽目を外そうと何をしようと、それをカバーして助力してあげるのが親の務めというもの。

異世界が何だ。異種族が何だ。魔力が無かろうとこれまで我武者羅に頑張って生活してきたことは、二人の荒れた手と逞しくなった表情を見れば一目瞭然。



「二人も帰る気は無いのでしょう?」


『うん。どっちかにしかいられないなら帰らない』


『行き来できる方法が無いかって探してはいたけど……。私たちじゃ図書室の本を漁るくらいしかできないし、何も見つけられなくて……』


「学校の本に異世界転移の方法が記されているのなら、今頃向こうは異世界人で溢れ返っていますよ。好奇心旺盛な子供が見つけられるような場所にあるわけないじゃないですか」


『『だよねぇ』』


「こんな経験、滅多にできるものでは無いのですから、目一杯楽しむこと。健康に気を付けること。私から言えるのはそれだけです。大丈夫。大人には沢山迷惑かけなさい」


『うん』


『わかった』


「すっげぇ良いおかーさん」


「本当に」


「母親の鏡ですね」


「ちょっとぉ!? 迷惑被るの私では!? ただでさえ手のかかる子たちが多いんですよ!?」



尚も言い募る学園長。

手のかかるとは失礼な。心外です。と、アズールとジェイドは呆れた目で学園長を見る。双子エビちゃんもオレも諦めの悪い学園長に溜め息を吐いた。

そんな中、クロさんだけは相も変わらずゆったりとした口調で学園長の不安を取り除く事項を上げていく。



「ユウ、ユノ。学費とか金銭面で学園に借金は?」


『ううん、それは無いよ』


『この寮のお掃除と修繕で学費は免除してもらってる』


「なるほど。お小遣いは?」


『『購買でバイトしてる』』


「それでしたら後日改めて、この世界で換金できるものを用意してお渡しします。バイト代だけでは私物も賄えないでしょう。お金の他に必要な物があったら、次に会うときまでにメモしておいてください」


『『わかった』』


「あと、修繕関係は他の先生方に相談なさい。魔法でどの程度のことまでできるのかはわかりませんが、この寮のセキュリティーはゼロに等しいです。貴方たちの安全をしっかり考えてくださる先生を味方につけなさい。学園長先生以外で」


『『はい』』


「ちょっとぉ!? 聞き捨てならない言葉が聞こえましたが!?」



二人に生活のアドバイスをしたクロさんは、今度はオレたち三人へと向き直る。



「アズールくん、ジェイドくん、フロイドくん」


「は、はい」


「お節介な母親からのお願いです。魔法の知識が無い私の子たちは、勉強も幼子同然です。この学園の授業のレベルに合わせることは難しいでしょう。なので……」


「ご安心ください。僕らが慈悲の心を持って、教えて差し上げますよ」


「オクタヴィネル寮は、海の魔女の慈悲の精神に基づいた寮ですからね」


「言われなくても、双子エビちゃんには色んなこといーっぱい教えてあげるよぉ」


「ありがとうございます。確か、貴方たちはラウンジを開いているのですよね? 甘味でも宜しければ、次回会えた時にでもお礼としてレシピをお渡しします」


「異世界の甘味! 是非とも!!」



やべぇ、アズールの目がマドルになった。
もうアズール手懐けてる。さすが猛獣使いの母だとジェイドと一緒に笑った。



「今の段階では向こうとこの世界とを頻繁に繋ぐことはできません。私の方でもう少し楽に行き来できる方法を探しますので、それまでは二人で知恵を絞って頑張りなさい」


『『ありがと、母さん』』


「いや、あのっ、お母様?」



自分の子供にこの世界で生き抜く知恵を授けていくクロさんを見て、学園長の焦りは止まらない。彼女が双子エビちゃんと話している間もずっとわちゃわちゃと煩かった。

いい加減諦めさせるべくオレたちが一度絞めるべきかと舌打ちしそうになると、その前に彼女が学園長を見上げて口を開いた。



「なんでしょうか、学園長先生? まだ何か? もしや、もうこの子たちの面倒見きれませんか?」


「……はい?」



学園長の反論が一瞬途切れて談話室の空気が冷える。

誰が聞いても今のクロさんの言葉は挑発だ。口を挟むべきではないということはオレたちにもわかる。

オレたちが固唾を飲んで見守る中、クロさんは学園長の前へと歩み出た。



「子供たちにお屋根のある住処を与えてくださったことには、私も心から感謝しております。ですが、ボロボロだったこの寮を自らの手で修繕し、生活費も自分たちで稼いで頑張って生きている私の愛し子たちを、成り行きとはいえ魔法士の専門学校に通わせたのは、他でもない学園長先生なのでしょう? この子たち霊力も使えなければ魔法も知らないのに」



学園長の魔法によって、いつも以上に綺麗に整えられた談話室。見回す彼女の藤色の瞳は、何もかもを見透かしているようだ。

今見えている光景がただのハリボテだということも間違いなく気づいている。



「それに、ユウだけならまだしも、ユノは女の子。男子校に通わせている時点で、相当なリスクをこの子に課せていますよね。親である私と連絡が取れない状況でしたし、致し方ないことだったことは重々承知しておりますが、この学園で面倒を見ることに決めたのは学園長先生の筈。男子校への女子の入学という異例の対応。つまり異世界人が迷い込んだことを、国や教育委員会といった上の機関に報告していませんね?」


「ぎくっ!」



わぁお、全部バレてら。

あからさまに肩を跳ねさせた学園長の仮面の下から、タラタラと汗が流れ出てくる。



「しかも、恐らく私たちの世界より異世界転移の技術はこの世界の方が上。あの突然やってきた黒い馬車が何よりの証拠ですよね。なのに未だに馬車を引き取りにも来ず、私が今この場にいるということはどういうことなのか」


「…………」


「……これ以上は説明せずともお分かりでしょう、学園長先生? より詳しくご納得頂ける説明が必要でしたら、今ここに夫も呼んで一から十まで全て語って差し上げますが?」


「お子さんたちは私が最後まで責任を持って卒業させます!! ええ!! 絶対に!!!! 私、優しいので!!!!!!」


「はい。安心しました。ユウ、ユノ、優しい学園長先生で良かったですね」



双子エビちゃんに清々しいほど満面の笑みで“優しい学園長先生”を強調するクロさんに、二人は遠い目をして頷いた。頷くことしかできなかったというのが正しいのかもしれない。

双子エビちゃんと同じく見た目は弱そうなのに、強かで言いくるめられる隙もない。

端で見ていたオレたちも、学園長から完全勝利をもぎ取った彼女に、気づけば「お見事」と拍手を送っていた。










「初対面であの学園長を脅すとは……」

「くっ……ふふ……っ、流石お二人のお母様。血は争えませんね」

「双子エビちゃんのおかーさん強ぇ……」

『でしょう? あの母に逆らえる人はいませんし、母が負けるとこは俺たちも見たことありません』

『自慢のお母さんです』