‐ユノside‐



無事にお揃いのアクセサリーまで買ってお店を出る頃には、太陽も綺麗な橙色に染まっていた。時間が経つのは早い。

本当はもっと遅くまで遊んでいたかったけれど、ユウたちとの待ち合わせ時間もある。せめてゆっくり歩こうかと言うフロイドさんに合わせて、彼と繋いだ手の温もりを感じながらのんびりと歩いた。私の小さな歩幅に合わせてくれる彼の優しさが、何だかとても嬉しくてくすぐったい。



「あ〜あ、なんで休日って時間経つの速いんだろ? 平日は授業終わんのめちゃくちゃ遅いのにぃ」


『本当にそうですね。でも、平日だって休み時間も会えるんですから良いじゃないですか』


「そぉだけどぉ……。でも一時間置きに十分だけじゃん。移動教室だと話す時間も無いしぃ……。オレがあと一年遅く生まれてればなぁ」


『生まれた日は流石に変えられませんよ』



なんて、そんなことを言う私もあと一年早く生まれていたらと思うのだから、フロイドさんに強くは言えない。たった一年の歳の差に、もどかしさを抱く日が来るとは思わなかった。



「……生まれと言えばさぁ」


『はい?』


「ユノちゃんの生まれ故郷ってどんなとこなの?」


『故郷?』


「小エビくんもそうだけどさぁ。元の世界とか、家族とか、そーゆー話聞いたことなかったなぁって」


『ああ、そういえば』



純粋な疑問なのだろう。こてっと首を傾げて訊ねてくるフロイドさんに、私もそういった話は何もしていなかったことを思い出す。

元の世界の友達にも、家庭環境云々のことは曖昧に誤魔化していたけれど、ここは異世界。本当のことを話しても特に問題無いだろう。



『一緒に暮らしていた家族は、父と母、母の妹さんと、その他大勢です』


「は? なに、“その他大勢”って」


『両親の仕事仲間というか……。この世界では妖精とか精霊とかと同じ類いになるのかな。厳密に言えば違うかもしれませんけど。付喪神様たちが沢山いました。父もその内の一人です』



元の世界での母の仕事がとても特殊で、毎日家にいるものの忙しい毎日を送っていた。そんな母を一番近くで支えて守ってくれていたのが父だと聞いている。

子供の私たちから見ても相思相愛で、自慢の両親だ。



「ツクモ……ガミ? って?」


『付喪神様。この世界にはいないんでしょうか? 長い年月をかけて大事に使われた物には、人々の思いが宿ると言われているんです。その思いが形となった存在が付喪神様です』


「へぇ……? ……ん? えっ!? 待って、“父親も”って言った!? てことはユノちゃんたちは神様の子なの!?」


『え? んー……、まぁ。でも神様と言っても「付喪神はそんな神格がある存在じゃないし妖怪に近い」って父は笑って言ってましたけどね』


「でもそーゆーことじゃん!! 神様の子がオレの彼女なの!?」



ヤバァと見開いた目をパチパチさせ、驚きを隠せない彼に苦笑する。

神様だとか生い立ちとか、あまり気にしたことは無かったけれど、この世界でもやはり普通ではないらしい。



『セベクだって妖精と人間のハーフだと聞きましたし、それと同じですよ』


「妖精と神様じゃあ別物じゃん!」



フロイドさんは手を繋いでいない方の手で口許を押さえ、いつになく焦りを見せる。聞きたいと言ったのは彼だけれど、両親については爆弾発言だっただろうか。



『……もしかして嫌ですか? 付喪神様と人間のハーフ。番解消?』


「ちがっ! そーゆーんじゃないから! 驚いただけだから!! 絶対に番解消なんてしねぇからね!!!!」


『そうなんですか?』


「そうなんです!!!!!!」



必死になってどんどん口調が強くなるフロイドさんに、ふふっと笑いが込み上げてくる。顔を真っ赤にしてこんな大声で宣言してくれるのだから、嘘偽りなど微塵もないのは確かだった。



「えー、でもオレ大丈夫かなぁ。ユノちゃんのおとーさんに怒られない?」


『え? 何をです?』


「神様の子に手ぇ出してんだよ? 番にしたんだよ? 今更ユノちゃん返したりしねぇよオレ」



意地でも手放さないというように、ぎゅうぅっと抱き締められる。

私が誰の子であれ解放する気が無いというその腕の中はとても暖かく、私もその温もりを求めているのだからそんな心配は無用だ。



『フロイドさんなら大丈夫ですよ。きっと父も母も気に入ってくださいます』


「えぇ〜、根拠は?」


『私の両親だから』


「……ぷっ。そっかぁ」



娘の私が言うなら安心だと、フロイドさんは笑う。

警戒心の強い私が唯一と決めた人なのだ。両親が認めない筈がないとわかっている。



(いつかちゃんと紹介できると良いな……)



異世界を行き来する方法は未だにわからないけれど、きっと向こうのみんなも心配しているだろうから。

ユウと二人、無事でいること。元気でいること。報告だけでもできればといつも思っている。



* * *



その後、集合時間ピッタリにユウたちと合流し、無事帰路についた。学園の門を潜って歩き慣れたオンボロ寮への道を送ってもらう。



「今日はすっげぇ楽しかったぁ。ありがとねぇ、小エビちゃん」


『こちらこそ。初めての外でのデート楽しかったです』



時間が無限にあったなら、もっともっと行きたい場所はあったけれど。それはまたの機会にとっておく。次に外出許可が出た時に行けば良いのだ。

ユウたちも充実した一日となったのか、ずっと他愛ない会話が絶えないようだ。



「……おや?」


『どうしました、ジェイド先輩?』


「何やらオンボロ寮の方から美味しそうな匂いが漂ってきていますね」



前を歩いていたジェイド先輩が立ち止まり、スンッと鼻を利かせて匂いの元を辿る。

まだ寮の影すら見えていないというのに、人魚の先輩は僅かな香りを感じ取っているらしい。隣に立つフロイドさんも、ほんとだぁと言いながら周囲の匂いを嗅いでいた。



『ユノ、オンボロ寮からっておかしくない? グリムは今日エースのとこに泊まる筈だし。もしグリムだとしてもツナ缶しか開けないだろ?』


『そうだね。ゴーストたちは料理しないし、そもそもここまで香りが立つ食材とか調味料って置いてないと思うけど』



以前にお邪魔したスカラビア寮での料理は、数種類の香辛料をふんだんに使った物が多く、鏡を抜けてすぐに匂いが漂ってくるほどに香りが強かった。調理していなくとも鼻にこびりつく独特で刺激的な香りであれば、ここまで漂ってきてもおかしくはない。

しかし、オンボロ寮に置いてあるものは一般家庭にあるものよりも遥かに少ない。砂糖、塩、酢、醤油、味噌という定番のさしすせそ調味料くらいしか無いのに、こんなにも匂いが立つのは変だ。



「誰かが勝手にオンボロ寮入ってキッチン使ってるってことぉ? 調味料まで持ち込んでぇ?」



訝しげに眉根を寄せるフロイドさん。表情から笑みを消すアズール先輩とジェイド先輩も、あまり良い気はしていないようだ。



「とりあえず、一度オンボロ寮に向かいましょう。ここで立ち止まっていても何も変わりません」



アズール先輩の一声で再び寮への道を歩き出す。フロイドさんと繋ぐ手が私を安心させるように力が込められた。

だんだんと寮が見えてくるにつれ、私とユウの嗅覚でも感じられるようになった頃。



『……あれ?』


『この匂い……』



それはとても懐かしい香りで、脳裏に過ったその面影にユウと二人で顔を見合わせた。

この香りは知っている。忘れもしない、私とユウが愛してやまない人物の手料理だ。この世界にその人はいない筈なのに。



「明かりがついていますね」


「確実に誰かいんじゃん」



あの明かりのついた窓は談話室だ。私たちの部屋は真っ暗だから、知らない誰かはキッチンと談話室にいるということなのだろう。

もう少しで寮の扉の前。という時に、バンッと寮の内側から大きな音を立てて扉が開かれた。



「お帰りなさい! ユウくん、ユノくん! と、オクタヴィネルのお三方」


「が、学園長!?」


「は!? なんで学園長がオンボロ寮にいんの?」



待ち構えていたかのような学園長の登場に、全員揃って顔を引き攣らせた。

門で待っているならまだしも、何故寮の中にいるんだ。一応私とユウが住んでいて留守中だったのに。建付けが悪いとはいえ、鍵を勝手に開けて入られていたことは非常に不愉快だ。



「それよりも学園長、何ですかこの美味しそうな匂い。料理できたんですか?」


「失礼な。料理は私ではありませんよ。ユウくんとユノくんのお客様がいらっしゃったから、私がわざわざオンボロ寮まで案内して差し上げて一緒に待っていたのです。私、優しいので!」


「小エビちゃんたちの、客?」


「ええ。その方が皆さんのお夕飯にと作ってくれていたんですよ。私と同じくお優しい方ですねぇ」



学園長の言葉の直後、彼の後ろから小柄な人影が現れ、私とユウは目を見開いた。

腰まであるストレートな黒髪。藤色の瞳。白地に菖蒲柄の上品な着物。控えめな表情の中にある優しく暖かなそれは、これまでの人生で何度も向けられてきた、私たちの大好きな光だ。










「お久しぶりです。ユウ、ユノ」

『『母さん』』

「「「……えっ!?」」」