「(とりあえず、今日は何もなく学校は終わった)」
山本が教室で話かけてくることもなく若愛が危惧していたようなことは何も起こることなく下校の時間を迎えられた。
友人であるみっちゃんと同じく友人の小日向アリスから帰りにケーキ屋に行こうと誘われたもののやんわりと断りを入れ教室を出ていく。
「珍しいね。若愛が一緒に行かないなんて」
「引っ越したばっかで忙しいのかもよ?」
「それもそっか」
などと友人等が話していたことを知るわけもなく若愛はまっすぐスーパーを目指して歩いていた。
今朝山本家を出る前に剛から夕飯の買い物をして来て欲しいと頼まれたためである。
と言うのも、朝食の出来栄えを褒められこれから食事の支度は出来る限り若愛にお願いしたいと言われたのだ。
もちろん居候の身である以上家事炊事はやらせてもらうつもりでいたし、言われなければこちらからお願いしようと思っていたので剛の申し出は若愛にとって有難かった。
「(夕飯のおかず何がいいかな……。おじさんも山本君も好き嫌いはなさそうだけど)」
実家がお寿司屋なわけだし和食が多かったりするんだろうか……などと考えているうちにスーパーに辿り着く。
カゴを片手に野菜コーナーを眺め「うーむ……」と唸ってみるもののこれと言ったメニューは浮かばない。
母親と2人暮らしのときは自分が好きなものを作ることが多くメニューに悩むことはなかったのだがこれからはそうはいかないだろう。
少しでも剛の負担を減らせればと思い家事炊事は任せて欲しいと言ってみたが、安請け合いしてしまったのかもしれないと今さらになって後悔をする。
「(でも居候なんだから何もしないってわけにいかないよね……)」
キャベツをひとたま手に取ってどうしたものか……と心の中で呟いていると店内アナウンスを知らせる音楽が耳に入ってきた。
なんとなく耳を傾けてみればちょうど今から精肉コーナーでセールが行いますという店長らしき人物の声が響く。こぞって精肉コーナーに向かっていくマダムたちの後ろを若愛も着いて行く。
セールが始まったばかりでまだ人だかりも少ないようでもみくちゃにされることもなく冷蔵ケースに並ぶ商品を吟味する。
対象品は薄切りにされた豚肉。お1人様2パックまでらしいが、これだけの量があれば明日の分も残るくらいは作れるだろうと迷わずカゴに放り込む。
特売の豚肉をゲットできたことによって夕飯のメニューもなんとなく浮かんでくる。薄切りだから生姜焼きなんかがいいかもしれない。カレーでは王道すぎるだろうか?
色々考えていると、そう言えば先ほど野菜コーナーでキャベツを手に取ったことを思い出し「あ、豚カツにしよう」と口に出していた。
思い立ったら即行動とでも言うように速足で野菜コーナーに戻り四分の一にされたキャベツ、ついでに玉ねぎをカゴに入れ、他にパン粉や小麦粉卵なども次々カゴに入れていく。
「(――……さすがに買いすぎたかな)」
スーパーのロゴの入ったビニール袋の中身を確認してみると思わず引きつった笑いが出てしまう。
男性の食欲イコールいっぱい食べるのだろうという考えしかないためとりあえず大量に買い込んでみたのだが。
「こんなにいらないって言われちゃったらどうしよう……」などと考えながら竹寿司に向かって足を進めていたとき。
「泰橋――!」
自分を呼ぶ声に振り向いてみると、小走りで近づいてくるクラスの人気者もとい同居人である山本の姿が目に入る。
「大声で呼ぶな誰かに見られたらどうするんだ……!」や「ていうか今日部活は……?」等と考えているうちに山本は若愛の傍までやって来た。
「親父に買い物頼まれたんだろ?俺持つよ」
「(そういうことか……)い、いいよ!自分で持てるから、」
「いいっていいって!」
有無を言わさず若愛の手から夕飯の材料の入ったビニール袋を山本に奪われてしまう。
その行動のあまりのスマートさに一瞬呆けてしまったが我に返り「あ、ありがとう!」とお礼を口にすれば「気にすんなって」と人の好い笑みが返された。
「言ってくれりゃ俺も買い物付き合ったのに」
「山本君部活あるかと思って……」
「あれば断るしなかったら付き合うって」
「次からはちゃんと言えよー?」と言われ「うん」と首を縦に振ってはみたものの、若愛の心の中では「言えるか」と呟かれていた。
今こうして並んで歩いているところを見られることさえ恐れていて走って逃げ出したい状況なのにそれを買い物の度に味わうなんて。
「(怖くて言えるわけないじゃない)」
という若愛の心の呟きを知る由もない山本は「これ夕飯?」とビニール袋の中身を見ながら口にした。
「肉多くね?」
「と、特売だったので……」
「ふーん。まぁいっぱい食べれるしいっか!」
ニカッ!という効果音がつきそうな笑みを浮かべ「そういやおかず何?」と山本は続ける。
てっきり買いすぎだと咎められるだろうと思っていたので若愛は内心拍子抜けしてしまった。
「泰橋?」という呼び声に再び我に返れば顔を覗き込む山本の顔が目に映る。
「(ち、近ッ!?)」
「泰橋、どーかした?」
「な、なんでもない!あ、おかずだよね!?豚カツにしようと思って!」
「豚カツかー。でもこの肉薄いけど」
「ミルフィーユ豚カツにしようかなぁって」
「ミルフィーユ?」
息がかかりそうなほどの山本との距離に急上昇していく若愛の体温。
しかし相手は少しも気にしていない様子で自分だけが焦ったのだと思うと無性に恥ずかしくなり平静を保つふりをしながらミルフィーユ豚カツについて口を開く。
薄切りの豚肉を何枚か重ねて揚げるためケーキのミルフィーユのように見えることから誰かがそう名付けたのだというとこまで説明しそう言えば肝心なことを聞いていないことを思い出す。
「あの、山本君もおじさんも豚カツって嫌いじゃないよね……?」
「俺も親父も嫌いなものはとくにないけど、なんで?」
「いや、いっぱい作ることになるから残ったのは明日のお弁当としてカツサンドにしようと……」
「ゆ、夕飯はカツ丼がいいかなって……」と続けてみたはいいものの居候の分際で家主の意見も聞かず勝手に2日分のメニューを決めてしまったことへの罪悪感からだんだん尻すぼみになってしまう。
嫌いなものはとくにないとは言っていたがすぐに返答がないためやはり勝手に決めたのはまずかったか……と若愛がおそるおそる顔を上げ山本の表情を窺ってみると。
「いいじゃんカツサンドどカツ丼。つーか明日も弁当作ってくれんの?」
「へ?う、うん。――あ、今日のお昼おにぎりだけでごめんね!?」
今朝山本家を出る前に学校で食べる昼食のことを思い出し急遽自分用におにぎりを作ったのだが「いや山本君の分を作るのが先じゃん!」と慌てて2人分おにぎりを作ったのだった。
「なんで謝んの?おにぎりすげー美味かったって!サンキューな」
「あ、いや、そんな……、握っただけなので……」
山本は明日も弁当を作ってもらえることを喜んでいるようで再び拍子抜けしてしまう。しかもただ握っただけのおにぎりまで褒めてくれる始末だ。
「朝飯も美味かったし泰橋って料理作るの上手いよな」
そしてさり気ないこの一言である。やはり彼が人気者の理由はこういうところにあるのだろう。
「夕飯も楽しみにしてるな!」
「が、頑張りマス……」
精一杯出した声は裏返っていた。
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