母親の知人の家というのがまさかのクラスの人気者の実家で、これから最低でも中学を卒業するまでの間その人気者と同居生活をしなくてはいけないなどそんな少女漫画的な展開が夢であれば良かったのだが――。
 
 視界に入って来る見慣れない木目の天井。部屋のあちこちに飾られた野球グッズがそうでないことを物語っている。

 壁にかかっている時計を見れば普段なら絶対に目を覚ますことのない時間だった。慣れない環境のせいか早く目が覚めてしまったらしい。
 二度寝をする気分にもならず上半身を起こし横を見るとすでに山本が寝ていた布団が畳まれている。
 野球部に所属しているわけだし朝練に参加するならば早起きなのも頷けるが、さすがに早過ぎでは?と思いつつ若愛も起きる準備を始める。

 店の方へ行くとネタの仕入れを終え仕込みを始めている剛はいたが山本の姿はない。若愛に気づいた剛が「お、」と声を零す。

「若愛ちゃん、まだ寝てても大丈夫だぞ?」
「あ、目が覚めちゃって……」

 キョロキョロと辺りを見渡し「山本君は……?」と聞いてみると毎朝の日課でバッティングセンターに行ってるはずだと教えてくれた。

 山本がいない理由もわかったところで若愛はどうしたものかと考える。
 思い切って何かすることはないかと聞いてみるも「そうだなぁ」と剛も首を捻っている。

 学校に行くにはあまりにも時間が早すぎる。かと言って家主もその息子も早々起きて仕事や野球の練習をしているのを他所に居候の自分だけのんびりと時間を無駄にするのだけは避けたい。

「若愛ちゃん飯は作れるか?」
「はい」
「じゃぁ朝飯用意してくれねぇかな」

 仕入れから仕込みまで朝は時間がないため、剛も山本も朝食は夕食の残りなどで適当に済ませることが多いらしい。

 「お客さんなのに悪いね」と申し訳なさそうな表情を浮かべている剛にむしろ仕事を与えてくれたことを感謝しながら台所へ向かった。
 冷蔵庫の中身や器具などすべて好きに使ってくれて構わないということで若愛は遠慮なく鍋を取り出しお湯を沸かし始めるのだった。

「ただいまー」

 山本が帰ってきたのと同時にタイミング良く米が炊き上がる。
 匂いに釣られたのか台所へと顔を覗かせた山本は出来上がりつつある朝食を前に目を輝かせていた。

「あ、おかえりなさい」
「ただいま。これ泰橋が作ったのか?」
「うん」
「へぇー、すごいな!」
「少ししか作れてないし、すごくないよ」
「そうか?どれも美味そうだけど」

 若愛が作ったものと言えば味噌汁と卵焼き、和え物など簡単に出来上がるものばかりですごいと言われるほどのものではない。
 それでも山本が本心で褒めてくれていることが伝わり若愛は自分の頬にたまり始めた熱を誤魔化すべくしゃもじを手に取った。

「その、ご、ご飯どれくらい食べますか……!」
「んじゃ大盛で!」
「了解です」

 朝食の前に着替えて来ると台所を出て行った山本を見送りご飯茶碗に伸ばしていたはずの手を頬へとやる。

「あ、あれはモテるわ…………」

 小さく呟かれた若愛の声が、台所にいやに響いてしまった。




 せっかく同じ場所へ向かうのだから一緒に学校へ行かないかという山本の好意を丁寧に断らせてもらい重い足取りで慣れない通学路を歩く。
 山本と二人きりで登校している姿を見られたりでもすれば、たちまち違う意味での人気者になってしまう。

 それどころか山本家に居候させてもらうだけでなく山本と布団を並べて寝たなんてことがクラスの女子に知られれば体育館裏に呼び出されるに決まっている。
 早めに客室を片付けておくという剛に対し最初こそ遠慮していたものの出来れば早急に片付けを終わらせてほしいと願ってしまうむしろ自分でやりたい。

 なんとか山本家に居候させてもらっているという事実を知られないようにしなければ……と決意をする若愛の肩がポンと叩かれた。

「おはよう若愛」
「あ、おはようみっちゃん」
「なんでこんなところ歩いてんの?通学路違くない?」

 1年生の頃から仲の良い友達であるみっちゃんこと広瀬史鈴にいつもと違う通学路で登校していることを疑問に思われ若愛の肩が大きくはねた。

「い、言ってなかったっけ!?ほらお母さんが出張の間知り合いの家でお世話になるって!」
「そう言えばそんな話してたね。ってことは知り合いの家ってこの辺なの?」

 察しの良い友達の言葉にギクリと肩を揺らしながら「そ、そうなの」と苦笑いを浮かべておく。
 例え友達であってもクラスの人気者の家に居候させてもらっているなんて話すわけにはいかない。どこで誰が話を聞いているかわからないのだから。

「(学校では、できるだけ山本君とは関わらないにしよう)」

 もともと同じクラスなだけで挨拶を交わすくらいの交流しか持っていなかったのだ。今さら距離を置いたところで周りから不審に思われることはないだろう。


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