「とりあえず、俺は誰も通報しないから落ち着け」

ほら、深呼吸だと唇に少しかさついた男の指が触れ
囁くように暴れるなと低音でなだめられ
こくこくとうなずいた。

相変わらず距離はとったままだが
寝たまま会話するのも行儀が悪いので
とりあえず上半身を起こしてベッドに腰掛けた。

対面するように男もすぐに起き上がる。

「して娘……お前は紅葉で間違いないか?」

唐突とうとつに名を呼ばれて思わず『はい』と答えてしまった。
そらしていた視線を改めて男の顔に戻せば
獣の耳しかり、人外離れした美しさに面食らう。

あ、やばい……本名教えちゃったよ。
すぐに見ず知らずの人、いや恐らく妖怪?に
本名明かしてしまって良かっただろうかと
我に返って、恐る恐る男を見上げれば
取ってくいはしないとまた笑われた。
また照れくさくなってどもりながらシーツに視線を落とす。

「娘……いやこの場合は紅葉で間違いないんだな。
よく顔を見せてみろ」

名を呼ばれた反射で顔をあげると男の金色こんじきの瞳とぶつかった。

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彷徨いアリス