「でも、一つだけハッキリしていることがある。
――俺は彼女にとても世話になった。俺の本性ほんしょうを知らないで健気けなげに俺を育ててくれた。
彼女が病気になった時、初めて思ったんだ。恩返しがしたいと……」

「なんで俺らにそんな話を」

「誰かに聞いて貰いたかったのかもな。――それに」

蔵馬の細めた翡翠の瞳とぶつかる。
彼は一瞬私のことを見た後、すぐに視線を外してつぶやいた。

「……何より君らは俺を信用してくれた」

風がやけに騒がしく、屋上に干してあるシーツを激しく揺らしていた。
それはまるで彼の……蔵馬の思いがけない話を聞いて戸惑う私達のように。

しばらく何も言えずに私達は黙り込んでいたが、その静寂せいじゃくを壊すように
慌ててかけつけたナースの声で私達は我に返った。

「秀一くん!!お母さんがっ」

急いで病室に戻れば、先ほどまでガランと殺風景だった部屋が
精密機器やら管やら、医師、ナース達が集まって緊迫きんぱくしていた。

私達は外で待たされることになったが、病室から出てきた蔵馬の表情からも
ただごとではないことが分かる。

もう一度、屋上にあがってきた私達は蔵馬に暗黒鏡を今夜使うと告げられる。

「でもっ願いを捧げるには」

「あるもんが必要だって聞いたぜ?」

「蔵馬さん…それ分かってるんですか?」

少し間を置いて彼は伏せていた顔をあげた。

「分かってる。――それは命さ」

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彷徨いアリス