ドッペルゲンガー07

 一体これからどうしたらいいのか。僕はジン達が去っても尚、物陰から一人ひっそりと思い悩んでいた。

 ノックでは無いかもしれないという不確かな理由で、キールは殺されずこのまま一人倉庫に放置されている。このまま僕も彼女に気付かれないよう一人逃げ出しゼロくんに連絡を取るべきか、はたまた彼女を助けてここから一緒に逃げ出すべきか…。頭に過ぎるのは彼女を助けても本当に問題ないかどうか。彼女が本当にこの組織に染まった人間だとしたら、手錠に繋がれたままにしておき、ゼロくんに指示を仰いだ方が絶対にいいに決まってる。

 だがしかし、僕の手元には携帯電話が無い。連絡手段を持たない今、ゼロくんへ指示を仰がず自分で考えて行動しなければならなかった。ガチャガチャ手錠を鳴らし何とか脱出を試みているキール。玩具の手錠ではないので、どんなに激しく引っ張ってもビクともしないだろう。ただ闇雲に引っ張っても手首を傷付けるだけだ。それでもどうにか外そうと奮闘している彼女に、僕はそっと近付き声を掛ける事にした。

「───それ、外して欲しいですか?」

「っバーボン!?」

 ハッと息を呑みこちらを振り返ったキール。まさか僕がまだここにいるとは思っていなかったのだろう。真底驚いたとでも言うかのように目を見開きこちらを見上げていた。

「はー、フェミニストとは名ばかりでさっさと一人逃げ帰ったかと思ったわよ」

 嫌味とともに吐き出した息は少し震えていて…。あの張り詰めた緊張感の中でいたのだから震えもするだろう。僕は申し訳ないと思いながら彼女にゆっくりと近づいて行った。キールは今の今までかなり神経を張り詰めていたようで、呼吸はやや早く、額には玉のような汗がじわりと滲んでいた。

「───すみません。僕も何故こうなったのか分からないままでは下手に動けなかったもので」

 少しの間の後ににこりと笑みを浮かべキールの前に立てば、どことなくいつもと違う空気を感じとったのかキールの目が怪訝そうに細まった。

「…バーボン?」

「………」

 恐る恐ると言ったように名前を呼ぶキール。その言葉尻には疑問符が浮かんでいるように思えた。じっとこちらを観察する鋭い眼差し。若干だが表情が強ばっているようにも見えた。

 しかしバーボンではない僕は、ただただ苦い笑みを浮かべる事しか出来ない。本物のバーボンがどんな顔で、どんな表情を浮かべるのかも知らない。ましてや喋り方も。フェミニスト、と言っていたからには女性には優しくしていたのだろうと言う事だけは察せられたが。

「───貴方…バーボン、じゃないわね?貴方はだれ…?」

「………」

 確信を持ってそう尋ねてくるキールに、何と答えて良いものか少しだけ逡巡する。恐らく、彼女はゼロくんの敵ではない。どことなく僕に対して警戒心が無く友好とも言える雰囲気を感じるから、恐らくゼロくんと似たような立場の人間なのだろう。そうなると自ずと答えは絞られてくる。ゼロくんと同じ警察官か、はたまた別の組織に属する潜入捜査官か。互いに身分を明かしているかは分からないが、無理に彼女の警戒心を煽って嘘をつく必要もないだろう。答えれる範囲で僕は大人しく可能な限り正直に話す事にした。

「貴女のいうWバーボンWの兄、ですかね」

「なんですって…?」

 兄。その言葉に愕然とするキールに、再び苦笑いを浮かべる。

「まあ、あんまりにもそっくりなので…ええと、ジン、でしたっけ?彼が僕と弟を間違えたようですが」

 ジンが最初に僕をバーボンと見誤って連れて来たのだ。最初は状況も読めず困惑を窮めたが、何とかなったので結果オーライである。

「…ちょっと待って。じゃあ何?貴方は何も知らない一般人って訳?」

「全く知らないと言う訳でも無いですが…一応はそうなりますね」

「なんて事…」

 愕然とするキール。まあそうなるだろう。本物だと思っていたものが全くの偽物だったのだから。巻き込んでしまったと考えているのかもしれない。

「まあ色々と話したい事もあるかもしれないですが、ひとまずここから脱出しませんか?いつまたあの人たちが戻って来るとも限らないので」

「…それもそうね」

 そう答えるなり、キールは再び恨めしそうに手錠を睨み付ける。

「そう言えば貴方はどうやって手錠を外したの?ヘアピンとか持っていたワケ?」

 解錠する手立てが無いのか、キールは深いため息を吐きながら僕を恨めしげに見詰める。しかし僕はピンも鍵もない。はてさてどうしたものか…。

「僕は…手首の関節を外しただけなので…まだ手錠はついてますけどね」

 ぷらり。手錠がついたままの右手を見せれば、キールは心底嫌そうに顔を顰めていた。

「やだ貴方、それ、癖つくわよ」

「うーん…まあ手錠に繋がれる機会なんて早々無いと思うので大丈夫だとは思うんですけどね」

 確かに、関節を外したりつけたりを繰り返していると癖がついてしまって簡単に関節が外れてしまったりするらしい。例えば肩が外れやすい人が少し腕を上げただけで外れてしまったりするのがその例だ。僕は元々関節が柔らかい人間なので、多少の痛みを我慢すれば外せない事もない。…多少、といっても結構痛いのだけれども。

「ヘアピンは無いですが…そうですね、携帯電話はありますか?僕のはジンに壊されてしまったので連絡手段が無いので…」

 手っ取り早く携帯電話で連絡を入れればゼロくんが誰かを手配してくれるだろう。もしかしたら今頃全力で僕を探している可能性もあるので、早く無事を伝える為にも携帯電話が必要不可欠だった。

「…あるけど、何処にかけるつもり?」
「もちろん弟に。バーボンの電話番号、持ってますよね?」
「…ええ、胸ポケットに入ってる。それ使って」

 キールの言った通りジャケットの胸ポケットには僅かながらの膨らみがあり、そこに携帯電話が入っているようだった。

「ありがとうございます。…ちなみにバーボンの番号は何て登録してあります?」
「───安室透、よ」

 まさかその名前を言われるとは思わなかった。なるほど、安室透は裏社会でも使われている名前なのか。少しの逡巡の後、僕は連絡先の安室透と書かれた番号へ電話をかけ始めた。


 

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