不幸中の幸いの幸い 

後ろから名前を呼ばれ、心臓にガラスが刺さったような感覚に襲われた。


「な、んで」


そこに居たのは先輩だった。どういうつもりで私の家の前に居るんだ。

先輩はこちらに近付いて来ると、私の横髪をすかすように撫でた。


「学校、一緒に行こうと思って待ってたんだよ」

「は…連絡してくれれば良かった、ですのに」

「驚かそうと思って」


にっこりと笑った先輩の笑顔に恐怖を覚えた。
ここでお化粧バッチリならなんの問題もなかったが、今の私の顔は不完全。

あまりじっくり顔を見られると、アイライナーをひいていないことがバレてしまう。

驚きましたよ〜と戯けながら私がさりげなく顔を反らすと、グイッと顎を引かれてしまった。


「名前ちゃん、今日もすごく綺麗だね。でも」

「いっ…」

「目元がいつもと違うなぁ〜」


左手首を握りしめてきた先輩の握力が強い。

昨日もリップの色が薄れていただけで、手首を握り潰す勢いで掴まれた。


「アイライナーを、切らしてしまって」

「なら昨日のうちに買えたろ?」

「はい…ごめんなさい、今から買って」

「もういいよ。」

「え?」


もういいよという言葉に安堵したのは一瞬。
先輩は誰が見てもわかるくらいの愛想笑いで言った。


「不完全なキミを隣に置いてはおけないな。今日は僕に近寄らないでくれる?」


ですよね……先輩が私の顔について許してくれた事なんて、今までになかったもんな、はい。

先輩は掴んでいた左手首を解放すると、私の耳元まで顔を近づけた。


「僕と一緒に居たいなら、僕と釣り合うくらい綺麗でいてもらわなくっちゃ、ね?」


ナルシストまっしぐら発言をしたあと、自分の人差し指に唇を当てた先輩。
あろうことかその人差し指を私の口にちょんっと押しつけてきた。

これ、当初からよくやられるんだが、一体どういうおつもりなのか。普通にやめてほしい。


「アイライナー、買っておけよ?」


それだけを言い残して、先輩は学校へと続く道を歩いて行ってしまった。

本来ならここで先輩の背中に向かってドロップキックをお見舞いしたいところだが、思うだけで私にそんな勇気はない。

『別れてください』という勇気も。


「近寄るなって言われたし、帰りに買おう」


自分の情けなさに涙が出そうになったが、そんな事をすれば化粧が落ちてしまう。

私は涙をぐっとこらえ、先輩に追いついてしまわないようにゆっくりと歩きながら、カバンに入っていたお母さんの作ってくれたおにぎりをにぎりしめた。

あっシャレになっちゃったな…

-3-

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わらびもち

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