そして…
大道芸人がひとつひとつ技を決めるたびに、歓声が上がる。
夢中で、拍手していると、ふと、ダリウスに見られていることに気づいた。
「わたくしの顔に、なにか付いていらっしゃるでしょうか?」
こそこそと聞いてみる。
「いいや、とても素敵な顔だよ」
にこり、とほほ笑みかけられる。
「ダリウスさまもすてきな笑顔ですわ!」
こんなふうに笑っているのは、初めて見る。
「…ふふ、奥さんに褒められるんなら、もっとこの顔していようかな」
「ええ、ぜひ、そうなさってくださいな!仏頂面のあなたは怖かったですもの」
そうだ、怖かった。萎縮して、何も言えなかった。
「それは…ひどいな。今度からは気をつけるよ」
「ではではっ!ここで、観客の皆さんにもご協力頂きたいと思いま〜す!!」
「あら、なにかしら?」
コハクさんが、手を大きく上げて、いう。舞台の真ん中で、観客を見回す…と、目が、あったような気がした。
「そちらの、藍色の髪のお嬢さん!ぜひ、手伝ってくださいな〜」
「呼ばれたようだね。行ってみてご覧」
「本当に、いいのでしょうか…」
逡巡する間もなく、舞台に出される。
「さあ、すてきなおじょうさん、名前はなんて言うんですか?」
「ファリーナ、といいます」
スポットライトで照らされたステージは驚くほど明るかった。ろくに観客の顔が見えなくて、不安になったが、すぐにダリウスの顔を見つけることができた。そのことに、安堵しながら、コハクの舞台口上を聞く。
コハクの持っている扇を受け取り、言われたとおり、開いて胸の前に水平に捧げ持つ。
そして……、捧げ持った扇の上にコハクの投げ打った独楽が踊る。
目の前でおきる妙技に目を奪われる。そして、くるくる回る独楽が勢いを失って落ちる前に、コハクがそれを回収する。
「ファリーナさん、ご協力ありがとう!」
促されるままに、客席に戻る。ダリウスは緩く微笑んで迎え入れてくれたが、なんだか怖い、と思った。
それでも、隣に座らざるを得ない。
先程まで機嫌が良かったように思えたのに…また、なにかしてしまっただろうか。
落ち込みながら、ちらちらと隣に座るダリウスを見る。
***
ファリーナが俺のことを気にしている。それを感じると、くすぶっていたこのどす黒い感情も薄れていくような気がした。
ファリーナは無防備だと、常々思う。
(あんなふうに…コハクとはいえ、ほかの男に体を触らせて…会場の男どももファリーナに目を奪われていた)
後悔する。ファリーナをこの場に連れて行くことにしたことを。けれど、ファリーナがコハクの話を聞いて瞳をキラキラさせている様子が可愛らしかったから、思わず了承してしまった。
まったく…憎らしい。
ファリーナをみるすべての男どもの目をふさいでしまいたい。
それは、ルードに対しても抱いてしまった感情だった。
ファリーナは花壇を押しつぶしてしまったことを気にしているようだったが、それは全く関係ない。彼女が…ファリーナがルードと親しげに滅多に見せないような笑顔を見せていたからだ。
だから、思ってしまった。
本当は、いまでもファリーナはルードを好いていて婚姻をしたいと考えているにちがいないと。
けれど、俺にはどうすることもできない。…いや、出来たのかもしれないが、なにも……できなかった。
ただ、冷たく突き放すしかできなかった。大切な存在であるルードにそう思ってしまったことに対する戸惑いと、いつの間にか心の奥にするりと入り込んできたファリーナの存在の大きさに、ひどく動揺した。
そして、蠱惑の森からファリーナが出て行ったとき、言いようのない寂しさ、喪失感に襲われ、ファリーナのことばかりを考えていた。
はじめ、ファリーナが帰ってきたときは夢だろう、都合のいい夢だろうと何度も言い聞かせていた。けれど……。
隣にいるファリーナを見つめる。その視線に気付いたのか、ファリーナが振り向き…俺は慌てて視線を逸らした。
いま、ここにファリーナはいる。
また失ってしまうかもしれないという恐怖はある。けれど、そばにいてくれるだけで、こんなにも心が満たされる。願わくば、彼女もそうであってほしいと、願うのは傲慢だろうか。
Fin.
とりあえず、完結しますが、また機会があったら続き書きたいな…
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