プロシュートとアラクネー2


こだわりがあるとまでは言わないが、自分の服装や持ち物にはそれなりに気を遣っている方だと名前は思っている。
しかしそんなことはプロシュートの前では口が裂けても言えないだろう。


「なるほどな」

片手では足りない数の試着を終えた名前がげっそりとした表情でフィッティングルームのカーテンを開けば、外で控えていたプロシュートが上から下まで見下ろしてそう呟いた。

「これでいいと思うんだけど…」
「確かに色は今までの中で一番見栄えが良いが、デザインはさっきのやつの方が華やかだ。次はベルベット…いや、シフォンのインステップレングス辺りか」
「色はどうされますか?」
「赤だ」
「かしこまりました」
「それと背中はこれよりもう少し開いてる方がいい」

店員に細かく注文をするプロシュートを遠い目で見つめる名前はもはや着せ替え人形状態である。

着るものに対して人一倍強いこだわりを持つプロシュートとの買い物はとにかく体力と気力が必要なため、それを知っている名前は彼の申し出に渋い顔を見せたのである。しかし名前としてもセンスの良いプロシュートに選んでもらえるのはありがたいことなので文句は言えない。

「ほら、次はこれ着てこい」
「お客様、どうぞこちらへ」
「はい…」

プロシュートから次の候補を受け取った店員についていき、フィッティングルームに入ると再びカーテンを閉めた。
もしかすると今日だけで店内のドレスを全て試着してしまうのではと漠然とした不安を抱えながら着替えていく。
胸元を押さえながら店員を呼び、背中のファスナーを上げてもらってから試着室を出れば、手を顎に当てたプロシュートが感心したように頷いた。

「悪くないな」
「え、ほんと?」
「ああ。気に入った」

手を引かれて姿見の前に立った名前は思わず「おお…」と感嘆の声を漏らした。
真っ赤なシフォン素材のイブニングドレスは、デザインも華やかで豪華そのものだ。スカートを持ちながら背後を映せば、裾がひらりと上品にはためく。
プロシュートが認めるだけあって、確かに今まで試着したドレスの中で一番しっくりきている。

「グローブはさっき選んだやつでいいな」
「うん」
「鞄は?」
「シルクのやつがあるからそれで行くつもり。アクセサリーもこの前買ったし」
「ならあとは靴か。名前、ここに座れ」

スカートを軽く持ち上げたまま指定された椅子に腰掛けると、その前にプロシュートが膝をついた。そのまま名前の足を持ち上げると、エナメルの黒いパンプスを滑り込ませる。

その動作を見ながらまるで王子様のようだと思ったが、彼はギャングの暗殺者で王子様とは正反対の人種だ。そうとは知らず、まるで熱に浮かされたように頬を染めて成り行きを見ている店員に思わず苦笑が漏れる。すると美しいブロンドを持つ端正な顔の暗殺者は、跪いたまま視線を上げた。

「お前はスタイルがいいから何を着ても似合うが、赤は特別映えるな」
「Grazie. プロシュートのセンスがいいんだと思うよ」
「名前のスタイルがあってこそだ。さっきのはどうする?」
「これから使うかもしれないし、一応全部買うつもり」
「それがいい。あれも似合ってたからな」

手を借りて立ち上がった名前は店員に声をかけると、試着を繰り返す中で保留にしておいたベルベットのフルレングスと、数着のカクテルドレスを受け取った。するとプロシュートがその中から一着を取り出す。

「一旦こっちに着替えてこい」

そう言って渡されたのは名前が最初の方に選んだレース素材のカクテルドレスだった。はっきりしたグリーンカラーと上品な腰元のサテンリボンに目を引かれて手に取ったが、実際に試着してエンパイアウエストと程良いフィッシュテールのスカートが気に入ったため購入候補としてピックアップしておいたのだ。

言われた通りに着替えを終えた名前がフロアに戻ると、レジの前に立つプロシュートが見えた。椅子の上に置いてあった鞄を掴み、用意されていたパンプスを引っ掛けると慌てて駆け寄る。

「プロシュート、私払うから」
「俺が女に払わせると思うか?」
「でもさすがにこれは」
「お前は良くも悪くも自立しすぎなんだよ。もう少し男に甘えろ」
「甘えろって言われても…」
「名前」
「じゃあ…Grazie mille.」
「それでいい」

微笑まれた名前は咄嗟に目を逸らした。純粋に気恥ずかしさを感じたというのもあるが、それ以上にレジに表示された値段が恐ろしいことになっていたからだ。はっきりとは見えていないが、0の数が大変なことになっていたことだけはわかる。

「ところで、このドレスは?」
「ああ、どうせ今日はもう仕事も終わりだろ。このまま出掛けるぞ」

思いがけない提案にぱちくりと目を瞬かせると、店員から何かを受け取ったプロシュートが名前の背後に回った。

「ついでにこれも付けとけ」

おろしていた髪が全て右肩に流され、首筋にひんやりとしたものが当たる。視線を落とせば鎖骨の間にこれまた随分と高そうなルビーのネックレスが輝いていた。
名前が俯きながら小さな石に触れた瞬間、剥き出しになった頚椎の上に吐息がかかり、耳のすぐ後ろでリップノイズが鳴った。

「っ!」
「似合ってるぜ」

咄嗟に首元に手を当てて振り返った名前に、プロシュートは悪戯が成功したと言わんばかりに笑みを浮かべる。レジの奥で作業する手を止めて頬を染める店員と目が合った名前は、気まずそうに視線を逸らしながら髪を戻した。

「ほら行くぞ、gattina」

荷物を受け取ったプロシュートが何事もなかったかのように空いている手を差し出す。
あまりにも完璧すぎるエスコートに言葉も出なくなった名前は、観念したように手を乗せた。



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某スパイ映画のあのシーンをどうしても兄貴に再現してほしかったんです。
指輪もいいんですけど、ネックレスも素敵だと思ったので…。

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