暗殺チームの紅一点


「ただいま」

リビングに続く扉を開けると、ソファに腰掛けてサッカー中継を観ているホルマジオと、それに付き合わされたらしいイルーゾォが揃って名前を迎えた。

「なんだァ?随分遅かったじゃねぇか」
「名前にしては珍しいな」
「ほんといい迷惑だよ」

休日だった2人はしっかりと飲んでいるらしく、机の上にはアマーロの空き瓶が並んでいた。確かあれはギアッチョが買っていたものでは、と数日前に2人で買い物に行った時の記憶が甦るが、タイミングが良いのか悪いのか買った本人は遠征の真っ最中だ。帰ってくる前に補充しておけば気付かれることもないだろう。
そう結論付けた名前はジャケットを脱ぎながらホルマジオに尋ねた。

「リゾットは部屋にいる?」
「ああ、ついさっき戻っていったぜ」
「えっテレビ見てたの?珍しい」
「いや、コーヒーだけ入れてすぐ帰った」
「なるほど」

ということはまだ仕事をしているということか。頷いた名前はジャケットをソファの背もたれにかけると2人にバーチを送り、再び廊下に続く扉を開けた。

北向きに建てられたこのアジトは基本的に光が入らないため、誰かが電気をつけない限りリビングも廊下も暗闇に包まれている。
最初こそチーム内部における経費削減の一環として節電に努めていたのだが、冷遇されていた頃と比べ経済的に余裕ができた今でも当時の名残なのか、はたまた単純にこの暗さに慣れてしまったためか、名前を始め他のメンバーも滅多に電気をつけることはなかった。住人が全員暗殺者で夜目が効くため、わざわざ廊下の電気をつける必要がないというのも大きな理由だろうが。

名前は真っ暗な中でも慣れた足取りで廊下を進むと、一番奥の部屋をノックした。

「入れ」

許可の声を合図に扉を開くと、部屋の中から漏れた明かりが廊下を照らした。後ろ手で扉を閉めながら部屋に入ると、書類から視線を上げた黒い瞳と視線が交わる。

「珍しく遅かったな」
「なかなか喋らないから手こずっちゃって。でも問題なく終えたから」
「そうか。名前が無事で何よりだ」
「Grazie, それ手伝おうか?」
「いや大丈夫だ。あと少しで終わる」

朝から名前が外に出てしまったために、一日中事務処理に追われていたリゾットは随分疲れているようだった。名前はリゾットにバーチを送るとポケットを漁り、その中から可愛い包みに入ったチョコレートを取り出して机に転がした。

「出掛ける前にソルベとジェラートからもらったの。良ければどうぞ」
「ああ、ちょうど糖分が欲しいと思っていたところだ」
「それはよかった」
「もう夜も遅い。報告書は明日でいいから今日はゆっくり休め」
「それじゃあお言葉に甘えて。おやすみなさい」
「ああ。おやすみ」

リゾットの気遣いに礼を言って部屋を出たところで、タイミングよく隣接する部屋の扉が開いた。出てきた人物は瞬時に名前の存在に気付き嬉しそうな笑みを浮かべるが、一方の名前は見つかってしまったと言わんばかりに顔を引き攣らせた。

「随分遅かったな。心配してたんだぞ」
「メローネは早かったんだね。確か今日は遅くまで仕事があったと思うんだけど」
「名前に会いたかったから早く帰ってきたんだよ」
「そんなに気を使わなくてもいいのに」
「俺と離れて寂しかった?」
「そうだね」

適当に流した名前がリビングに戻ろうと廊下を進めば、突然メローネが背後から覆い被さるように抱きしめてきた。思わず歩みを止めた名前の顔を後ろから不思議そうに覗き込む。

「…」
「どうかしたか?」

名前は最初こそこういったセクハラ行為に不快感を表し、時にはスタンドを発現させて対抗していたが、メタリカを食らってもめげず、かつ悪びれもなくセクハラ行為を繰り返すメローネには何を言っても無駄だと悟ってからは、身の危険を感じない限り基本的に自由にさせていた。その証拠に、背後から抱きつかれ首筋に擦り寄られてる今もため息を零すだけである。感想と言えば「重い」あるいは「暑い」くらいだ。それを見て「大型犬と飼い主」だと揶揄したのはホルマジオだったか。

「あのねメローネ、今私とっても疲れてるの」
「お疲れ様。首尾は?」
「今までのに比べれば情報はいくつか引き出せたけど」
「いいぞ、さすが俺の名前だ」
「笑えない冗談だね」

夜中だと言うのにやけにテンションの高いメローネを引きずりながらリビングの扉を開ければ、ホルマジオとイルーゾォは一瞬ちらりと視線を向けたが、特に何も言うことなくテレビに向き直った。もはやここでは日常茶飯事なので誰もつっこまないのである。ここにギアッチョがいたら「テメーら鬱陶しいんだよ!クソがッ!」などとキレはじめそうだが、生憎ここにいるのは面倒事を嫌う2人だ。我関せずといった様子でテレビを見ている。

「メローネ、私これからシャワー浴びに行くんだけど」
「一緒に入る?」
「そういうことじゃなくて」
「相変わらずツレないな」
「明日も仕事で早いんでしょ?早く寝なよ」

名前は放置していたジャケットを回収して、胸の前で交差した腕を持ち上げると、その間をくぐり抜けるようにしてメローネの拘束から抜け出した。渋々離れたメローネは不服そうではあったが、それ以上駄々をこねることもなく名前の頬にキスを落とすと、大人しくリビングを出てトイレに入っていった。

「ホルマジオ、私またここに戻ってくるから電気は付けたままでいいよ。テレビだけ消してね」
「りょーかい」
「イルーゾォも明日早いんだから、それくらいにしときなよ」
「ああ、そうしよう。おやすみ名前」
「おやすみ。また明日ね」
「いい夢見ろよ」
「ホルマジオもね」

2人に挨拶をしてから一度部屋に戻り、部屋で準備を済ませた名前は、再び廊下に出るとシャワールームの扉を開けた。


***


シャワーを浴び終えた名前がリビングに戻る頃には、ホルマジオもイルーゾォも既に部屋に戻ったらしく、言い付け通りテレビが消されたリビングはとても静かだった。髪を乾かしながら冷蔵庫に向かい、ミネラルウォーターを取り出したところで扉が開く。

「まだ起きてたのか」
「おかえりプロシュート」
「ただいま」

そのまま名前の正面に立ってバーチをしたプロシュートは、スーツのジャケットを脱いで背もたれにかけると2人がけのソファに腰を沈めた。名前もその隣に腰掛ける。

「ペッシは?」
「車を任せてきた。もうすぐ戻ってくるだろ」

暗殺チームにはギアッチョやメローネなど自分専用の車やバイクを所有しているメンバーもいるが、ほとんどのメンバーは車を持たず、普段の買い物や任務では社用車として数台購入してある車を使用することが多かった。ちなみに運転手は「一番年下だから」という理由で専らペッシである。

「今日の任務はどうだった?」
「ペッシも最近になってようやく慣れてきたが、まだ一人で行かせるには不安が残る出来だな」
「ほんとに?私はそろそろ一人で行かせてあげてもいいと思うんだけど…」
「いいやまだだ。あいつが俺の手を離れるときは、マンモーニを卒業したときか俺が死んだときだけだ」
「縁起でもないこと言わないでよ」

プロシュートだけでなく名前も含め、ここにいるメンバーは全員常に死と隣り合わせなだけに笑えない話である。もっとも本人も冗談のつもりではなく本気でそう思っているから言ったのだろうが。現にプロシュートは名前に非難されても自らの発言を否定していない。

「だがまあ、確かにここ最近は能力も使いこなせるようになってきたし、ツラも暗殺者のそれらしくなってきたな」
「プロシュートって何だかんだ言って優しいし面倒見もいいよね。私の時も厳しかったけど、成功したらそれ以上に褒めてくれたし」
「ピンクスパイダーはパワーはねぇが何かと便利な能力だからな。俺もリゾットもお前には期待してたんだよ」
「そんなこと初めて聞いた…」
「それにお前の場合は他にも理由があったからな」
「理由?」

名前が不思議そうに首を傾げたところでドアが開き、駐車を終えたペッシが帰ってきた。

「おかえりペッシ、今日もお疲れ様」
「た、ただいま…名前の姉貴こそ」

ペッシは少し照れたように帰宅の挨拶を返すと、手に持っていた車のキーをシェルフの上に戻した。名前もお気に入りのR34だ。
ペッシは冷蔵庫からミルクを取り出し、ガラスコップに注ぐと、乾いた喉を潤すように一気に流し込んだ。人前では何かとペッシの行動を指摘するプロシュートだが、人の見ていないところでは割と自由にさせている辺り彼は優しいと思う。

「それで、理由って何だったの?」
「あ?」
「私を教えてたのには別の理由があったって」
「ああ…さあな」
「さあなって」
「気が向いたらそのうち教えてやるよ」

どうやらそれ以上言う気は無いらしい。
はぐらかされたため仕方なく部屋に戻ろうと名前が立ち上がると、突然隣から勢いよく腕を引かれた。
体勢を崩して咄嗟にプロシュートの膝の上に手をつくと、まだ乾いてない髪から垂れた水滴が剥き出しの細い腕を伝う。するとプロシュートはその雫を拭うかのように掴んだままの腕にキスを落とした。

「っ、」

名前が思わず息を呑むと見上げたプロシュートが妖艶に微笑む。

「おやすみ、名前」
「…おやすみ」

名前は熱を孕んだ美しいコバルトブルーから視線を逸らして立ち上がると、見せつけられて真っ赤になっているペッシに気まずそうな表情を残してリビングを後にした。

TOP