思い立ったらすぐ行動、ということで早速阿伏兎と別れた場所に戻り、正面から見て一番左側の通路を進んだ。少し進んだ先、右手側から聞こえてくる声に気付いた翠が扉の前に立てば、便利なことにこの部屋も熱感知らしくシュッと音を立てて扉が開いた。


「(ここは…談話室か)」


一斉に向けられる視線の中でぐるりと部屋を見渡せば、集まっている者の中には戦艦の中ですれ違った顔も何人か混じっていた。


『お、おい、あの人って…』
『何でここに…?』


聞こえた声に目を向ければ、彼らは怯えたように目を逸らした。他方から聞こえた話し声に視線を飛ばすが、他もまた然り。噂が広まっているのは知っていたが、一体どれだけの尾鰭背鰭がついたことやら。誇張された内容がぶっ飛んでないことを祈るばかりだ。


『あれ、翠さんじゃないスか!』
『あっ、おい儁乂!』


翠の存在に気付いたのは戦艦で手当を施してくれた青年、儁乂だった。あれから何かと世話になり、春雨組織についても色々と教えてくれた彼は笑顔で駆け寄ってくる。それに続いて赤いモヒカンが特徴的な男が翠の前に立つと、上から下まで視線を飛ばして呟いた。


『何だ、やっぱ本物の美女か。恐れ入ったぜ、さすが団長だ』


どうやら噂には醜女だという尾鰭もついていたようだ。


「儁乂、この男は?」


真剣な顔でそう呟くモヒカンから儁乂に視線を移す。


『あ、こいつは興覇っスよ。見た目はアレなんスけど根はいい奴なんで』


その紹介に顔を上げたモヒカンの男――興覇は歯を見せて笑った。


『おう!アンタの話はコイツから聞いてたぜ。俺は第七師団期待の星、興覇…ってオイコラ儁乂、見た目はアレってどういうことだよてめェ。最高にイかしてるだろーが』
『俺だってあんま人の趣味にはとやかく言いたくないんスけど、モヒカンだけは駄目なんスよ。鶏を思い出すっていうか、視界に映るトサカがムカつくっていうか、鶏ごと興覇も破滅しろっていうか』
『ただの八つ当たりじゃねェか!お前過去に鶏と何があったんだよ!』
『鶏じゃなくて興覇がムカつくっていうか』
『あれ、俺とお前って同期だよな?仲良かったよな?』
『おい興覇、静かにしろ』


その声と共に、二人の会話に呆れている翠の前に一人の男が立ち塞がった。190をゆうに超えるであろうがっしりとした体躯の男は、一方的に儁乂に詰め寄る興覇のトサカを掴むと容赦なく持ち上げる。


『ちょ、孟起さんんんん!?痛い痛い痛い!掴むとこいっぱいあんじゃん!何で髪!?あっ、ちょ、マジで痛いってェェェ!』
『痛そうっスね興覇。ざまあみろ』
『てめっ、聞こえてんだよ心の声が!』


尚も騒がしい二人に青筋を立てた男は一度大きな溜息をつくと翠に向き直った。


『スマンな、騒がしくて。お嬢ちゃんの話は聞いてるぞ、団長と殺り合ったらしいな』
「袋叩きにされた、の間違いだ」
『あの星で生活してたくらいだ、噂の真偽は考えなくてもわかる。まあ座れ』


促された通りに三人掛け用のソファに腰掛ければ、翠の体重を吸収したソファがふわりと沈んだ。心なしか涙目の興覇と儁乂も男の両側に腰掛ける。


『俺の名は孟起だ。お嬢ちゃん、第一部隊の隊長になったんだって?』
「…ああ、そんなことも言っていたな。詳しくは知らんが」
『何だ、説明されてないのか?』
「阿伏兎も何かと忙しいらしい」


するとその言葉に一度目を瞬かせた孟起は豪快に笑った。


『はははは!あいつは団長のお守りが主な仕事だからな!』
「そうらしいな」
『俺はアイツの同期でな、今となっちゃ数少ない飲み仲間なんだ。まあ助けてやってくれ』


それで本題だが、と姿勢を正す。


『第一部隊っつーのは、まあ簡単に言えば特攻部隊だ。俺達が所属する第七師団は第十部隊まであってな。前々回の任務で隊長が不在になってから、一先ず部隊で最年長の俺が代理で率いてた。俺の他にこの二人も第一部隊所属だ。他にも主戦力の奴がいるが、今ここにはいないみたいだな。まあ母艦にいればそのうち顔を合わせることになるだろう』
「特攻部隊、か」
『阿伏兎は適役だと言っていたぞ』
「買い被り過ぎだ。人を率いるなんてガラじゃない」
『そこら辺の心配はいらんさ。うちは弱肉強食の世界だからな、強い奴には従うってのがモットーだ。それに関しても団長に包帯傷を負わせたってだけで十分通用する。まあ、わからんことは何でも聞いてくれて構わん。これから頼んだぞ、翠隊長』


差し出された武骨な手に視線を落として不敵に笑う。


「ああ、尽力しよう」


同じく不敵に笑った孟起に力強く握手を返せば、それまで黙って聞いていた興覇が目を輝かせて身を乗り出した。


『で!団長とはどうなんだ!?』


予想通りの質問に翠は腕を組んでソファに凭れ掛かった。


「別にどうもしてない。お前たちが考えるような仲ではないからな」
『へ?』
『そうなのか?』


周りで聞き耳を立てていた団員が驚いたように声を上げる。顔を上げて視線を送れば部屋のあちこちで驚愕を浮かべる構成員と目が合った。

でも、と食い下がる興覇の声を聞いて肩を竦める。


『あの団長が飽きもせずに三日も通ったんだぜ!?誰だってそう思うだろ!』
「だが私はあいつに負けた。一時の興味だ、暫くすれば興味もなくなるだろう」
『だとしても団長が戦艦に女連れ帰って来るなんて初めての事だからな。俺達もたまげたもんだ』
「…初めて?」


首を傾げる翠を見て、前に座る三人が深く頷く。


『そうっスよ、俺も吃驚したんスから!』
『あの様子はかなりご執心とみたぜ』
『俺も長年第七師団にいるが、今回みたいなことは初めてだな』
「だが、部屋に連れ込んでいる女は一人二人ではないだろう?」


しん、と静まり返る部屋。気まずそうに顔を見合わせる儁乂と興覇に確信を得る。何より、無言は肯定だ。


『あー…まあ団長の場合、黙ってれば女が勝手に寄って来るからな』
『ありゃ来る者拒まず去る者追わずの典型だ』
『おい興覇、この人の前で』
「気にするな。ただ私も寝不足は御免だからな、やはりどこか避難場所を探しておくか」


翠の言葉を聞き、今度こそぴしりと固まる三人。


『も、もしかして、団長と同じフロアの部屋使ってんのか…?』
「お隣さんだ」
『くれぐれも朝は気をつけろよ』


真剣な表情で言い聞かせてくる興覇に問いかける。


「そんなに酷いのか、アイツの寝起きは」
『酷いっつーか…』
『今まで何人が犠牲になったことやら…』
『俺も命の危険を感じたのは一回や二回じゃないっス…』
「…お前達も苦労しているんだな」


迷惑をかけるのは副団長だけに留められていないようだ。慰めの言葉を呟いた翠は視界に映った亜麻色を耳に掛けると静かに立ち上がった。それに気付いた興覇が慌てて声をかける。


『あ、なあ!翠ちゃんって呼んでいい?』
『てめっ、抜け駆けしやがって!あ、俺も!』
『なら俺も!』
『俺もいいか!?』


便乗する団員の声を聞いて振り返れば興覇だけでなく、それまで遠巻きに眺めていた団員とも視線が交わった。どこを見ても真剣な表情で見つめてくる同族にふっと頬を緩める。


「好きにしろ」


その言葉と笑顔を目にした途端、それまで騒いでいた面々はぴたりと動きを止めた。

自動で開閉する扉が翠と彼らを遮った時、中途半端に腰を浮かせた興覇から本音が漏れる。


『俺、第一部隊で良かった…』


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