左右に立ち並ぶ四角柱の柱から頭上に広がる天井まで何もかもが宇宙船らしく機械的な母艦を、翠は神威、阿伏兎と共に歩いていた。ヒールが床を踏み鳴らす音に気付いた天人が興奮冷めやらぬ様子で隣人を巻き込み、歩を進める度に視線が集まってくる。見知らぬ女が母艦にいることに対する不信感以上に向けられているのは好奇の視線だった。


『あれが例の女か?』
『ああ、あの肌の色は夜兎に違いねェよ』
『隣にいるのは神威だろ?やっぱりあの噂は本当だったのか』


その声を聞いた翠は髪と同じ亜麻色の眉を不機嫌そうに寄せるが、隣をすれ違った小柄な円盤に目を向けるや否や表情を一転させた。所謂お掃除ロボットだが、興味を持ったらしい翠はその行動を目で追う。じっと特殊な動きをするカラクリを眺めていたが、ふと我に返ると遠巻きに四方から寄せられる視線に溜息をついた。


「耳が早いことだ」
『ま、どんな雄でも美人には興味あるってこった』
「爬虫類に気に入られても嬉しくはないが」
『ていうか翠、もうあの怪我治したの?まだ一週間しか経ってないのに』
「おかげ様でな」


商談や貿易等のビジネスに重きを置く(とは言っても海賊らしく略奪行為も繰り返しているのだが)他の師団とは違い、夜兎で構成された第七師団はその戦力から不始末の対処――平たく言えば、組織の駆逐が主な仕事だ。そんな経緯から"春雨の雷槍"とも呼ばれる第七師団を率いる神威と対等に渡り合った者の出現というのは、他の師団員もさぞかし興味を持ったことだろう。それも見女麗しい女人とくれば余計に。

"殺し合った"の間違いで広まっている"神威が口説き落とした"という噂も、海賊を名乗る彼らにとっては良い酒の肴になるというわけだ。どこの世界の海賊も、総じて酒と女が好きらしい。

全面ガラス張りになっている円筒形の通路に足を踏み入れた翠は、分厚いガラスの奥に広がる光景に足を止めた。


「流石、銀河系最大の犯罪シンジケートといったところか」


その奥に広がるのは停泊中の各師団の戦艦や貨物船、タグボートを収容する巨大な格納庫。左右対称に位置するそれは1から20までの数字が振られており、現在第七師団が利用している15番ポートも見下ろせる。


『珍しい?』
「…ああ、驚いた」


左右に広がる集荷場で作業員が忙しなく働く様子を見ていた翠の隣に並んで尋ねれば珍しく素直な答えが返って来て、神威は阿伏兎と顔を見合わせて小さく笑った。

それから三人は同じような通路を何度か通り、向かい合った扉が並ぶエレベーターホールに出た。4つずつ並んだ計8つの扉の内一つのボタンを阿伏兎が押せば、すぐに開いた箱の中も一面ガラス張り。乗り込んで上昇する箱から艦内を眺めていれば、商業施設のような場所で天人が賑わっているのが目に入った。


「あれは…」
『んあ?ああ、見ての通り共同スペースだ。必要なモンがあればあそこで買うといい。たいていの物は手に入る』


暫くして目的の階に到着したことを知らせる音が鳴り外に出ると、目の前にはまたもや同じような通路が広がっていた。前を歩く阿伏兎と神威の後に続けば通路が五本に分かれた分岐点に出る。


『で、ここは第七師団が使ってるフロアだ』


阿伏兎の説明に辺りを見渡すも、どこをどう見ても先程と同じ通路にしか見えない翠は眉を潜めた。


「迷わないのか?」
『住み慣れればどうってことはねェさ』


先が見えない通路をじっと眺めていれば、一回しか言わねェからな、と前置きした阿伏兎が説明を始めた。


『左側二本の通路には第七師団の構成員が共同で使う談話室や会議室がある。まあ後で好きに見てみな。正面と右側二本の通路が各自の居住スペースだ。開いてる部屋を好きに使え。恐らく正面通路の奥は空き部屋が大量にあるはずだ』
「理由を聞いても?」
『寝起きの悪い団長に殺されたくないなら他の通路の部屋を使うことをオススメするぜ』
「低血圧の場合は」
『よし、お前さんはこの通路のどこかで部屋を探せ』


頼れる副団長の素早い手のひら返しに思わず苦笑が漏れる。どこまでも面倒事は避けたいらしい。すると隣で聞いていた問題児1こと神威がひょっこりと顔を覗かせた。


『じゃあ翠は俺と相部屋ね』
「断る」
『だったら隣は?』
「ことわ『第一部隊の隊長って何かと仕事が多いから、部屋も近い方が便利だと思うんだけど。ああ、緊急で呼び出しかけることもあるから労力と効率を考えるとやっぱり近いに越したことはないね。それに部屋も他のと比べるとかなり広いし』…わかった」


それらしい理由をつけてちゃっかり隣の住民となる神威を睨み付ければ、怠そうに頭を掻いていた阿伏兎が背を向けた。


『まあ、身の危険を感じたら自分で何とかしろ。お前さんならどうにかできるだろ。俺も一応部屋は近いが、プライベートではあんまり関わって来るなよ』
「いつになく投げやりだな」
『俺ァ働かない団長に代わってやることが沢山あんだよ。とりあえずアンタは呼び出しがあるまで自由にしてな』
「ああ、わかった。ありがとう、阿伏兎」
『へいへい、どう致しまして』


ひらひらと手を振って遠ざかる副団長を見送れば、突然右腕を掴まれて前方に引っ張られた。勿論犯人はたった今ご近所さんとなった上司である。


『ほら、阿伏兎なんか見送ってないで』
「それで団長が務まるのか」
『現に俺はあいつの上司だよ』


腕を引かれてついて大人しく後に続けば、通路を真っ直ぐ進んだ先に幾つもの部屋が左右に向かい合う形で存在していた。正面通路の最奥、右手側に位置する神威の部屋のすぐ隣、空き部屋らしい個室の前に立った翠はくるりと向き直った。


「言っておくが壁に穴でも開けたら命はないと思えよ」
『そんなことしないよ。翠に用事があったらちゃんとドアから入るし』


そう言って案外あっさりと離された手。隣の部屋に消えていく神威を見送り部屋に入れば、翠が思っていたよりも広い空間が広がっていた。バス、トイレ完備。ある程度の家具まで設備されている広々としたワンルームは故郷での生活より遥かに良い暮らしだ。

しかし身一つで来た翠には荷解きも何もないため、必要な日用品は全て買い揃えなければならない。手持ちでどこまで準備できるか、と考えを巡らせていた翠はふとあることに気付き顔を上げた。


「…隣が女を連れ込んでいたら、私はどうすればいいんだ?」


見たところある程度の防音はなっているようだが、翠としてはかなり居辛い。それにもし隣から出てきた女とうっかり遭遇してしまえば面倒事に巻き込まれる予感しかしない。完全に失念していた。

…と、くれば今からやることは一つ。


「少し探検するか」


避難場所の捜索にかからなければ。

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