『あれ。どうしたんスか、その髪』
神威の部屋を出て売店に軽食を買いに来た翠は、大量のお菓子が入ったカゴを持った儁乂に呼び止められた。その足元ではまだ真剣にお菓子を物色する興覇の姿もある。
「どこかの団長サマの悪戯だ」
『ああ、どうりで見覚えがあると思ったら。似合ってるっスよ!』
「ありがとう」
『俺達これから談話室に戻ってモンハンやるんだけどよ、翠ちゃんもどうだ?』
暇があれば談話室でモンキーハンターのクエストに挑む第一部隊隊員の姿は、もはや見慣れたものとなっていた。
「なら私も参加するか」
『よっしゃ来た!公績の野郎も呼んでやるかー』
『だったらここは興覇のおごりっスね』
『だったら?だったらってどういうこと?』
『翠さん、好きなの選んじゃってください。興覇がまとめて払うんで』
『え、なに破産宣告?』
「安心しろ興覇、つい三十分前に食堂で食べたばかりだ」
『おお…ならいつもよりはまだマシに』
「とりあえずこの棚からあそこの棚まで全部」
『いや何が大丈夫?』
「冗談だよ」
『だから翠ちゃんの冗談は冗談に聞こえないんだって…』
それから結局興覇が支払いを済ませ、エレベーターに乗り込んだ三人は第七師団に割り当てられた生活スペースである12階のボタンを押した。上昇する箱の中で儁乂が思い出したように尋ねる。
『そういえば翠さん、仕事は大丈夫なんスか?』
「ああ、次の任務まで特に予定はないからな」
『次の任務って、もう決まってんのか?』
「脱走した諜報員の処理だそうだ。恐らく第七師団全体で動くことはないと思うが…一応準備だけしておいてくれ。またすぐ阿伏兎から詳しい話があるだろう」
『了解っス』
『んで、次の目的地は?』
「地球だ」
『地球?なんだ、また侍の奴らが絡んでんのか?』
「侍?」
『翠さん、知ってるっスか?』
「いや…初めて聞いたな」
『攘夷戦争の時に刀一本で国を守ろうとしたっていう連中っスよ』
『ほら、転生郷んときに春雨から追放された奴がいただろ?潔癖症の…ラクダっつったかチャクラだったか…』
『陀絡っスね』
『それだ。噂じゃあいつも侍にやられたとか』
「侍、か」
翠がそう呟いたところで軽快な音を立てて扉が開く。
降りた三人は一番左側に伸びるA通路を進むと、今日も騒がしい声が聞こえる談話室へと向かった。
――――
『阿伏兎』
語尾に音符でも付きそうな勢いで執務室に入ってきたのは、この部屋とは程遠い人物だった。ぎょっとした阿伏兎を気にも留めず、彼の前に積んであった書類の山をごっそりと奪っていく。
『お、おい団長…?一体何を』
『今日中に処理するのってこれだけ?』
『は…?あ、いや、まだこっちにもあるが』
『そ。じゃあそっちもやるから、そのままにしといて』
それだけ言い残すと早々に執務室を後にする。いつになく上機嫌な神威を呆然と見送れば、遠巻きに見ていた同僚が楽しそうに笑い声をあげた。
『はっはっは!今日の団長は随分と機嫌が良さそうだな』
『…明日は槍でも降ってくるのか…?』
『お嬢ちゃんと何かあったんじゃないのか?』
笑いながらも手は休めない孟起を横目に、阿伏兎が大きく息を吐く。
『何かって…何が?』
『さあな。だが団長があんなに上機嫌になるなんて、それくらいしか考えられんだろ』
今まで一度だって書類仕事に手を付けなかった神威がここにきて急にやる気を出すなんて、確かにそれくらいしか考えられない。しかし一体どういう風の吹きまわしだろうか。
『で?お嬢ちゃんと団長はどこまで進んでるんだ?』
『ケッ、俺が知るかよ。あの二人の関係は謎が多いんだ』
『はっはっは!そうかい。まあでも、あの団長が飽きもせずに毎日女の元に通い詰めるってだけでこっちは驚いたもんだぜ』
『連れてきた時は虫の息だったがな。…まあ何にせよ、俺達がとやかく言うことじゃねェよ。馬に蹴られるのは御免だ』
『俺ももう少し若けりゃ、お嬢ちゃんを口説けたんだがな』
『孟起…それ、間違っても団長の前で言うんじゃねェぞ』
『わかっとるよ。だが世界広しと言えど、あんな美人は滅多にお目にかかれん。それもあの強さだ。高嶺の花ほど手に入れたくなるのが海賊…いや、男ってもんだろう。そのうち師団内部で争奪戦でも起きるんじゃないか?はっはっは!』
『頼むからやめてくれ…』
そんなことが起きようものなら一体何人の死者が出ることになるのか。
豪快に笑う同僚を前に、阿伏兎は胃がキリキリと痛むのを感じた。