これが通常運転です

「3秒って遅刻のうちに入るんですか」
『ああ、遅刻だ』

開口一番、言い訳を漏らす私に斎藤先輩は静かに首を横に振った。

「斎藤先ぱ『駄目だ』」
「お願いしま『諦めろ』もう嫌だ」
『ちなみに今月の遅刻者の中ではダントツだ』
「そんな一番嬉しくないです。斎藤先輩私に何か恨みでもあるんですか」

肩を落とす私の後ろから楽しそうな声が響いた。

『あれ、君も遅刻?』

聞き慣れた皮肉の声に思わず頬が引きつる。
今一番会いたくない人物。絶対に遭遇したくなかった人物。痛む頭を抑えながら笑顔で振り返った。

「ふふ、遅刻常習犯の沖田先輩には言われたくないですよ」
訳:常習犯の先輩は口出しせずにひっこんでてください

『僕以上に遅刻が多いことは認めなよ。でも、朝から君に会えたのは嬉しいな』
訳:まさか朝から君の顔を見るなんてとんだ災難だね

隠された皮肉に気付いた斎藤先輩が呆れたようにため息をついた。

「私も嬉しいですよ、沖田先輩。早くしないと授業が始まりますよ?」

にーっこりと笑顔になれば彼も同じように憎たらしい笑みを返してきた。朝からかなり怒らせてしまったらしいが私は気に留めることなく斎藤先輩に向き直る。

「次からは気をつけますね斎藤先輩」
『ああ、そうしてくれ。総司、お前もだぞ』
『はいはい。ほら君も行くよ』
「ちょおおお!?死ぬ!!死にますってこの体勢!!」

ズルズルと引きずられる私を斎藤先輩は哀れだ、とでも言いたそうに見つめていた。ああ、助けてはくれないんですね。





「で、私いつまで引きずられるんですか」

いい加減周りの目が痛い。穴が開くというかビシビシ突き刺さるレベルで痛い。

『んー?そうだね、君が僕のものになるまでかな』
「そんな日一生来ないんで安心して離して下さい」
『あはは、照れちゃって』
「眼科に早めの受診をオススメしますよ」

ズルズルと引きずられながら廊下を進むと、丁度職員室から出てきた土方先生と視線がぶつかった。

『ったく…お前らまた遅刻か』

呆れた、と額に手を置く土方先生に首を横に振った。

「違います土方先生、私は斎藤先輩のお役に立とうと頑張ったまでです」
『朝から斎藤に多大な迷惑をかけてる女の噂は職員室にも広まってるぞ』

いつの間にか有名人になっていた事に驚きつつ身を捩る…が、やはり離してはくれない。

『そういえば総司、お前昨日の補習サボっただろ』
『やだなぁサボったなんて人聞きの悪い、土方先生が嫌だからに決まってるでしょう?』
『っ総司テメェ…おい名字も何か言ってやれ』

ブリザードが吹き荒れる二人を見上げながら遠慮がちに声を掛けた。

「あの、まず私を解放してください」





ようやく自由になった体にため息をつくと今度は右手首を握りつぶさんばかりの勢いで掴まれた。

「先輩、私野生の猿じゃありませんしそう逃げませんって」
『君昨日もそう言って逃げたじゃない』
「…それもそうですね」

でも毎日拘束じみた行動を取られては逃げるという選択肢を選ぶ他ないと思う。と思ったがあえて口には出さず(仕返しが怖いから)大人しく後について歩いた。

「ていうか沖田先輩、また補習サボったんですか」

いい加減土方先生が可哀想だ。あの人の苦労を理解できるのは私だけだという自信がどこかにあった。

「(伊達に幼なじみやってないからね…)」

しみじみしながら頷いていると、前から見慣れた男子生徒が歩いてくるのが見えて咄嗟に声を掛けた。

「平助!」

その声に一瞬反応した沖田先輩が立ち止まる。

「平ちゃん今日は千鶴ちゃんと一緒じゃないの?」
『だからその言い方やめろって!千鶴は今日日直で早く行った…って、また繋がれてんの?』
「ねえ誤解産むからやめよその言い方」

決して平助に悪意はないとわかっていても、だ。

「それにしても平ちゃんはいつも可愛いですねー」

自分より少し高い平助の頭を撫で回すと彼は慌てて引き離そうとする。

「…平助の癖に楯突くなんて100年早いわ」
『お前俺を何だと思ってんの?』

一応先輩なのに、と愚痴る平助がこれまた可愛くて仕方ない。再び撫でようとした伸ばした手は沖田先輩に捕まれ、そのまま―――

「いっっったああっ!?ちょ、いだだだだ!もげ、もげるからぁぁぁ!」

勢いよく背中の後ろへ引っ張られた。予期せぬ事態に関節がみしみしと悲鳴をあげる。

『そ、総司!?』
『大丈夫だよこれくらいで腕は取れたりしないから』
「とか言ってこの前平助の手首握りつぶしてましたよね!?ちょ、痛たたたたた!?」
『あ、そうそう平助―――』

痛がる私を横目に沖田先輩は平助に何かを耳打ちする。

『!?』

途端に青ざめる平助をその場に残したまま沖田先輩は再び歩き出す。と同時に両腕は解放され私はやっとか、と息をついた。
それにしても平助のあの慌てよう…一体何を吹き込んだのやら。

「…平助可哀そぶっ!?」

すると突然立ち止まった沖田先輩の背中に私は思いっきり鼻をぶつけた。ただでさえ低い鼻がさらに低くなる。

『ねえ名前ちゃん、何で僕には敬語なの?』
「いや、普通に考えて先輩だからに決まっているでしょう」

何を言い出すんだこの人は。

『いつからだっけ?』
「え、いつからって…高校に入学したときくらいですかね?覚えてませんけど」

さすがに先輩にタメ語はまずいだろうということで直した口調。思い返せば慣れないうちは大変だった。しれっと答えると彼は振り向いて首を傾げた。

『ふーん?…じゃあ何で同じ先輩の平助には敬語を使わないの?』
「平助?」
『そう、平助』

少し思案した後ゆっくりと口を開いた。

「だって……先輩って感じしないじゃないですか」
『それもそうだね』

納得するならなぜ聞いた。

『でもさ、それってなんかズルいよね?』
「結局何が言いたいんですか先輩」

昔からこういう時の顔は決まって何かを企んでいる。嫌な予感がしてゆっくり後ずさると、案の定彼も距離を詰める。壁際に追い詰められたかと思えば真面目な顔で彼は言った。

『だから、僕の事も名前で呼びなよ』
「は……何言ってるんですか総司先輩」
『話聞いてたでしょ?あと先輩はナシね』
「、…総司?」
『ん、よくできました』

満足そうに離れる彼に、理解できない私は眉を寄せる。

「って、何でいきなりそんなこと言い出すんですか沖田先輩」
『んー?聞こえないなぁ?』

ニコニコと黒い笑顔を撒き散らす幼なじみに頬が引きつる。どうやら譲る気はさらさら無いらしい。

「…わかったってば、総司」

途端に機嫌が良くなる幼なじみを見ながら思わず苦笑を零した。

「(総司も甘えたい年頃かあ…)」


(…あいつ絶対勘違いしてるな)
(総司も苦労するよなぁ…)
(俺"覚悟しとけ"って言われたんだけど…)
(…頑張って、平助くん)

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