誰が為に剣を振るうのだ


「知恵は他なし、書を読むと読まざるとにあり…ってな」

そう言った名前が扱い慣れた得物を抜き身で利き手に持ち替えてなお、その刀身が届く範囲に腰掛ける男は何食わぬ顔で盃を傾けていた。それどころか彼らが嫌う"紛い物"と呼ばれるそれと同じ色をした鮮血を小馬鹿にしたように細める。

『お前が知だと?笑わせる』
「自分の事はわかってるつもりだが、お前に言われると腹立つな」

相変わらず失礼な奴め。
言いながら一瞬視線を上げるも勿論視線が絡み合うことはない。仕方ないといった様子で肩を竦めた彼女は得物の手入れを続けた。器用にくるりと手の内で回せば素直に従う相棒をまるで芸を披露するような手つきで回し続ける。

「だがまあ、お陰でそちらさんの考えは手に取るようにわかる。古きを重んじ尊ぶ鬼の思想は崇高なもんだが、同時に自らの首を絞めていることも自覚してもらいたい」
『古より守られし一族の誇りを、この俺が安々と受け渡すとでも?』

鮮血のような瞳が初めて名前を見据える。しかし端整な顔は尚も不快そうに歪んだままだった。

「千景の言い分も理解はしている。が、どっかで折れなきゃいけない。そんな時代が刻一刻と近づいてるんだよ」

ガチャン、
水音と共に崩れ去る音が、名前の耳のすぐ近くから聞こえた。元凶である美しい鬼を見れば、案の定彼はその端麗な顔に嫌悪を浮かべている。

『気に食わんな。人間如きが俺に指図するとは』
「この私が無謀な賭けに出たんだぞ?少しは尊敬の念を抱け。そして褒め称えろ」
『結局尻尾を巻いて逃げ帰って来たのはどこの誰だ』
「そこは賢い選択だったと言ってくれ。…まあ、流石の私も今回ばかりは命運尽きたとは思ったがな。仲間には生きて帰って来たのが奇跡だと言われたよ」

あの猛火の中を駆け抜けてきたのもそうだが、まさかあちら側に属しながら生き延びて帰ってくるとは奇跡だとしか思えない、流石逃げの小五郎と肩を並べるだけある。と、褒めてるのか貶してるのかわからない評価を下されたのは記憶に新しい。

『自らが生き延びる為に仲間を見捨てるか。つくづく人間は非道な生き物だな』
「引き際を心得てる賢い鬼と違って、私達非力な人間は死んだらそこまでだ。何度だって間違えるし、敗戦から学ばない馬鹿もごまんといる。千景の言う通り人間は愚かだからな。だが…一人が死んでも、もう一人が生きてさえいれば何とかなる。いや、何とかしてみせるが正解か。こういうの”想いを託す”って言うんだよ。ある意味それが長州の―――いや、人間の美学だとも言えるな。千景だって顔も知らない爺さん婆さんの教えを受け継いできたんだろ?それと同じだよ」

遊んでいた手を止め目の前に相棒を翳せば美しい刀身に反射して非力な人間の顔が映る。失敗を悔やみ、戦友の死をいつまで経っても割り切れず、過ぎた過去に縋りつく。哀れな人間そのものだ。

「私は挙兵前に説得を試みたが、理性を無くした奴らには何を言っても無駄だった。あの時の判断を間違えなければ、誰も失うことは無かったのに」

しかしその鬱憤を晴らすように。未練を残してこの世を去った彼らの敵を討つように。
立ち向かってくる命をただひたすらに刈り取った。人前で泣けない代わりに、誰よりも多く返り血を浴びた。誰よりも前線に立ち、危機的状況を潜り抜けてきた。恐怖しか感じないその状況で、それでも体に鞭打ち、泣き言一つ言わず己を奮い立たせてきた。だからこそ死ねない彼女にとっての怪我はある意味勲章のようなものだった。

「…私が、止めなければいけなかったのに」

誰も名前の失敗を咎めない。それが彼女にとっては何よりも辛かった。
いっそのこと口汚く罵ってくれればどんなに楽か。優しすぎる彼らは決して名前を悪役にしてはくれなかった。誰のせいでもないのだと甘い毒を吐いて、まるで窒息しそうな息苦しさを与える。

いっそ、わたしのことをきって、らくしてくれたら―――

カツン、と荒々しく置かれた盃にハッと我に返った名前は勢いよく顔を上げた。ぼんやりとした視界に映ったのは、眉を潜めて彼女を見やる鬼の姿。
…――考えが、読まれたのだろうか。
ひゅっと音を立てた喉元を隠すように手を当て、軽く爪を立てる。

「(彼らは、ここを―――)」

掻き斬られて、事切れた。ほんの一瞬の出来事。
人間とは脆いものだ。…そして自分も、いずれは同じ終幕を迎えるのだろう。
和らいだ苦しさに息を吐くと、今度こそ真っ直ぐに風間を見つめた。

「ごめん、何でもない」

こんな見え透いた嘘、彼には通用しない。それをわかっていながら、それでも名前は彼から逃れるように本心を隠す。でもきっとこんな赤面するような屈辱ですら彼には全てお見通しなのだろう。

『済んでしまった事にたらればはない。――そう言っていたのはお前だろう』

そう呟いた彼は驚愕に目を見開く名前から視線を外し、予め準備されていた盃――有能なお目付役と名高い彼が行動を先読みしたのだろう――に手を伸ばした。流れるように美しい仕草を呆然と眺めていれば、彼の人はじっと名前を見つめる。

『見事な間抜け面だな』
「いや、…それ、慰めてくれてる…んだよな?」
『ふん、この俺がお前如きに労力を消費するとでも?そう辛気臭い顔をされては酒が不味くなるからだ』
「…そうだな、お前はそういう奴だったよ」

しかし口ではこう言いながら、実は興味の尽きない名字名前という人間に目を掛けていることは疑いようの無い事実だった。それは彼の御付き人も承認済みであり、むしろこのもどかしい距離感に日々頭を悩ませていることは、彼の同胞のみぞ知るというものだ。

「これまで何度も眉唾だと罵られたが、彼らだって何も考え無しの事じゃあなかった。そりゃ確かに、今までの愚行を見てれば思慮深いとは言えないが…真正面から突っ込むしか脳の無い奴らにしては、頑張ったと評価を下してやってもいいだろう?まあ結局は、何の捻りも無く感情論で動いたことに変わりは無いんだが」

名前は先の戦を思い出しているのか、苦笑とも嘲笑とも取れない笑みを漏らしながら肩を竦めた。

「あいつらは、死ぬ気でやれと言われて死ぬ気でやって本当に死んだ馬鹿だ。そして私は、死ねと言われてもしつこくこの世に留まる亡霊だ」
『…貴様はいつもそうだ。肝心なところは濁して本心を隠す。有耶無耶にすれば踏み込まれないとでも思っているのなら、大きな間違いだということを自覚しろ』
「それ、まさか千景に言われるとは思わなかった」
『真面目に答えろ。…貴様は何故、そうまでして死に急ぐ?』
「…死に急いでるわけじゃないんだがな。…強いて言えば、これが私の”成すべき事”だからさ。この命尽きるまで、私はみっともなく時代の波に抗うことしかできないんだよ」

それこそ手足を無くしても。声が枯れて喉が潰れても。内臓が機能しなくなって血を吐いても。使命という責任に縛られ逃れることのできない名前は、任務の遂行こそが生きる理由だった。まるで生き地獄のような「今」を必死で生きることでしか、彼女の罪は許されない。

死に急ぐ彼女の、生への執着。
この最大の矛盾を彼女の同胞達は見抜いていた。その上で名字名前という奇妙な存在をこの世に留めようと努力し続けたのだ。…文字通り、自分の身が朽ち果てようとも。それほど名字名前という人間は周囲に認められていたのだろう。今は亡き彼女の同胞に共感を覚えた風間は小さく笑みを浮かべた。

―――この女は、もう二度と折れない。

『…しかしそうは言っても、結局敗走を続けている事実は変えられないが?』
「ああ、そうだな。千景の言う通りだよ。…だが、今はそうでも必ずやり遂げて見せるさ。何度転んでも起き上がるしつこさが私の評価すべきところだと自負しているんでな。それと…こっちからしてみればいい迷惑でしかないが、あの馬鹿共に重すぎる想いを託されてしまった。達成できずに末代まで呪われるのは御免だ」
『ほう?貴様が所帯を持ちたいと?』

それは心底驚いた、というように笑みを浮かべる風間に名前は不敵な笑みを浮かべた。

「いずれ時代が変わればそう思うことだってあるかもしれないぞ?…だって私、顔だけはいいから。そこだけは両親に感謝してるんだよ。これは色々と使える」

目を細めて笑った彼女は女としての色香を持ち合わせているはずなのに、どこからどう見ても男にしか見えない。つまり、今の彼女にその気はないということだ。男しかいない環境で彼女が自己を失わずにこれたのは、偏にその豪胆な性格と性意識の低さのお陰だろう。せめて着替える時くらいは恥じらえ、と思わないでもないが。

『騙された哀れな男共が逃げ去っていく様子が目に浮かぶな』
「どちらかと言えば「自意識過剰もいいところだ」って笑ってほしかったんだけど」

言いながら置いた盃の中で広がる波紋を見て、名前はふと思い出したように口を開いた。

「…前に一度、ある男から求婚されたことがある。家柄も文句なし、見た目はまあ…千景に比べたら劣るが見れない事もない。頭もよく回り、社会的な地位も確立していた。――さてその男、どうなったと思う?」
『大方、貴様が失態でも犯したのだろう。謎解きにもならんな』
「まあ、ある意味正解だ。笑えることに、その男は武芸がからきしでな。往来で囲まれた際に奴さん、腰抜かして座り込んじゃって。何故か私がその男を背にして血気盛んな浪人共のお相手を一挙に引き受けたって話だ。で、『男児たるもの惚れた女一人守れなくてどうする!』って激怒した桂に追い返されたってオチ。…な、笑えるだろ?」

当時の事を思い出したのか、懐かしそうに目を細めたと思えば突然吹き出すように笑う。胡坐にしていた足を立てて楽しそうに肩を震わせる様は、間違いなく男のそれだった。彼女の良き悪友は、そんな姿を前に呆れたように肩を竦める。

『以前から馬鹿だとは思っていたが、まさか本物の馬鹿だとはな』
「暴れすぎた自覚はあるが、女だからって舐めて貰っちゃ困る。それにその時思ったんだ、この生き方を容認しなくてもいい、せめて否定しない男と一緒になろうって」
『ふん、高望みもいいところだな』

馬鹿にしたような悪友の笑みに、名前は不思議そうに首を傾げる。

「案外そうでもないぞ?浮気もよし、他で女囲うもよし、子供を作るもよし。なかなか良い物件だと思わないか?少なくとも私が男なら喜んで手を挙げるだろうな」
『普通の文字が頭に無い貴様の基準で考えるな。そもそもそれでは夫婦になる意味がないだろう』
「真面目に答えれば、社会的評価と体裁のため。尤も、夫の外聞が悪けりゃ早々に離婚するのも手だが…要は“結婚した”という事実が大事なんだろ?行き遅れた女の末路なんて、碌なもんじゃない。まあ私はそれでも一向に構わんが、如何せん周りが煩くてだな。父親面した野郎共から毎日毎日「早く孫の顔が見たい」だの「挙式は西洋風か」だのと口煩く言われれば、この性に生まれたことを心底恨めしく思うぞ?」

孫以前に、自分の子供すら見られずにこの世を去った彼女の仲間達。
どこか遠い目をした名前が髪を耳に掛ける。戦続きで碌な手入れもしていないはずなのに彼女の髪は常に流れるような美しさを保っていた。その時、ふと不知火が『あいつはあの性格さえなければどんな男でも落とせるのにな。尤も、あの性格だから面白いわけだが』と零していたことを思い出した。ならば貴様が貰ってやればいいだろう、と返した風間に『いや、それは風間の役目だろ』と真顔で返してきたことも記憶に新しい。荷が重いだとか何とか適当な理由をつけて、京の鬼姫と懇意にしているというのはこの界隈では有名な話になってきた。風間の悪友を自称する彼女はそんな些細な表情の変化にも気付いたのか、真意を探るように彼を見つめる。暫くするとどこか困ったようにゆるりと首を振った。

「この先嫁ぎ先が無かったら、千景の嫁にでもして貰おうかな」
『ふん、そんなものはこちらから願い下げだ』
「あら、残念。じゃあそうだな…私が死んだ時は骨くらい拾ってくれ」
『安心しろ、その時は犬の餌にしてやる』
「生憎と私は頑丈が売りだ。精々腹を壊さない犬を飼い慣らしておくことだな」

さて、用事は終わりだと立ち上がった名前の髪が華奢な背中で揺れる。その着物の下には醜い傷跡が多く存在するだろうに、それすらも勲章と称する彼女は男よりよっぽど男らしい。…そして、これからも。命を落とすその時まで、誰よりも勇ましく戦場を駆けまわるのだろう。

『―――…名前』
「? 珍しいな、千景が引き留めるなんて。安心しろ、遺言なら天霧さんに頼むから『死んだらそこまでだと言ったのは貴様だろう。もし貴様が生きて帰って来たら…先程の話、考えてやらんでもない』

その瞬間、二人しかいない部屋は時が止まったように静まり返った。それを聞いた名前はあまりの衝撃からか、障子に手を掛けて頭だけ風間に振り返るという姿のまま固まっている。見たこともないその表情から、まさか立ったまま放心しているのか?と思った次の瞬間、ついに我慢の限界を迎えたのか、吹き出した名前が体をくの字に曲げて苦しそうに笑い始めた。

「っふ、…ははははは!、…っ賢明な判断とは言えないな…!千景はほら、あの…何だっけ、新選組にいた…」
『…雪村千鶴』
「そうそう!その子追いかけてればいいんだよ。わざわざ茨の道を進むことはないだろう」
『言っておくが、誰も貴様に女としての器量を望んでいるわけではない。貴様なら一生退屈せずに済みそうだと思った。…ただそれだけだ』
「何だかんだ言って長い付き合いだ。千景の言わんとすることは薄々理解している。…私だって、人並みに驚くが?」

膝をついて立ち上がった風間の動作を注意深く見つめる名前の瞳は興味に揺れている。それはまるで初めて玩具を与えられた幼子のようだ。自らの前に立った風間に挑戦的に微笑みかける。

「やっぱり千景は私の期待を裏切らない」
『貴様の潜在的な意思を汲み取ったという点でか』
「いや、ぶっ飛んでるって点で」
『…』

形の良い眉を寄せながら目の前に迫りくる美しい鬼に名前は静かに笑った。

「言っておくが、悪気はないぞ?」
『わかっている、貴様はそういう人間だ。…厄介な役は俺が引き受けてやる』
「守られるなんて柄じゃないけど、千景に囲われるなら面白そうだし…ま、いいか」
『…何を勘違いしているかは知らんが、他をつくるつもりはない。じゃじゃ馬の面倒を見るのは骨が折れるだろうからな』
「、え」

今度こそ驚いたのか、弾かれたように顔を上げた名前は、薄茶色の瞳をこの上ない程大きく見開いた。対する風間は『まさか本当に信じていなかったとは』と呆れたように溜息を吐く。

「あの、それって…」
『何だ、正妻は不満か?』
「ああ、やっぱりそうなるわけ…いや、不満じゃない、けど……って、そうじゃなくて不満というか何というか…」
『言いたいことがあるなら言え。貴様らしくない』
「あー…」

そう言われた名前は唸りながら暫く逡巡した後、不安そうな視線を風間に向けた。

「…さっきも言ったけど、直せる自信ない。口調とか、仕草とか…女らしい仕草なんて潜入する時くらいしか使わないし、…雪村ちゃんみたいな可愛さは、持ってない…」
『…』
「そもそも妻なんて男勝りな…いや、むしろ男以上に男な私に務まるのか…正直、自信ない」
『…言いたいことはそれだけか?』
「、は?」
『そんなもの、悩みの内にも入らんだろう』
「っ…お前なぁ、人が珍しく真剣に悩んでるって言うのに、!」

中途半端に止まった言葉は、近づいてきた彼女の友人によって一瞬で飲み込まれた。見開いた薄茶に美しい鬼の姿が映りこむ。状況を理解できずそのままの表情で固まった名前に瞳の中の鬼はどこか誇らしげに笑みを漏らした。

こうして暫くされるがままだった名前が触れ合った熱を自覚したのは、熱い何かが口内に滑り込んできた時だった。

「ッ!なぁ、んっ…!ちょ、ちかげ…っ、」
『…煩い』
「っ、なに、言って…ふ、…ッ、馬鹿、」

反抗の言葉を並べ立てるも全て意味をなさずに飲み込まれていく。まるで気にもならないとでも言うように行為を続けていた風間だったが、苦しそうに胸を叩いてくる手に気付き仕方なく華奢な体を解放すればそこには茹蛸のように顔を染めた悪友の姿があった。

「い、いきなり…っなに、して」
『貴様はそのままで十分だ。先程も言ったが、俺は女としての器量を望んでいるわけではない。ましてや、天霧や不知火に言われたからでもない』
「……、は?え、ちょっと待て何それ初耳」
『ともかく、俺は貴様に何かを求めているわけではないということだ。無理に変わる必要はない』
「…っ…あ、ありがと…」

小さくなった声に風間が目を向ければ、名前が真っ赤に染まった顔で困ったように視線を彷徨わせていた。あまりにも初心な反応に、思わず笑みが漏れてしまう。まさか、あの名字名前がこんな顔をするとは。優越感を覚えた風間が再び彼女の名前を呼ぶと我に返った彼女はそれ以上踏み込ませまいと警戒した瞳を向けてきた。身の危険を察知する本能はさることながら、考え方もよっぽど武士らしい。しかしどうやら彼女の中で風間千景という人物は伴侶に値する人物であると認識されたようだ。

「えっと…それじゃあ、旦那様?私から、一つ頼みがあるんだが…」
『何だ』
「……戦、出るけどいい?」
『…そこは”出てもいいか”、と聞くところだろう。それだけで出陣する以外の選択肢がないのはわかっている。…第一、止めても出るのだろう』
「!」
『誰も貴様の居場所を奪おう等とは考えまい。そんな命知らずに成り下がる気もない…が、戦場で死ぬことは許さん。貴様が死ぬ時は俺の目の届く範囲でだ』
「…私の悪運、舐めて貰っちゃ困るな。…大丈夫、私は大事な人を置いて死なない。残された者の苦しみは、誰よりもわかっているつもりだから」

風間の言葉に力強く頷く瞳に、もう先程までの恥じらいは見当たらなかった。その切り替えの早さは些か残念な気がしないでもないが、しかしそれこそが名字名前という武人で、風間がこの先共にと望んだ人間なのである。

「それに、まだ私には大量にやることがある。悲願達成まで…いや、千景の許可が下りるまで何が何でも死ねないな」
『当然だ。それくらいやってもらわねば俺の伴侶は務まらん』
「…わかった、次この屋敷に踏み入れる時には覚悟を決めてくる」
『ふん。その言葉、忘れたとは言わせんぞ』
「上等だ」

挑発的に微笑んだ名前が襖を開ければ、平伏していた天霧が嬉々とした目で彼女を見上げる。肩の荷が下りたとでもいうように爽快な表情で天霧が詰め寄るより先に、羞恥に耐えかねた名前が抜刀する音が廊下に響く。

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