ヒロインのキャラ設定って結構重要

『おいおい兄ちゃん、ぶつかってきてそれはねェだろ?』
『す、すみません…!』
『持ち金全部出してくれたらそれでいいっつってんだよ。ほら、早くしてくれや』
『で、でも、今は本当にそれ以上お金を持ってなくて…!』
『ああ?』
『ひぃッ!』

犬のような風貌をした天人が、苛立った様子で気の弱そうな男の胸倉をつかみ上げる。不幸な男の周りを囲むのは三匹の天人。遠巻きにそれを眺めていた周囲の人間はその光景を横目で見ながら、巻き込まれる前にとその場を去っていく。天人の横暴な態度を咎め、男を憐れむひそひそとした声は聞こえても、果敢に救いの手を差し伸べる者は誰もいない。
それが例え、確実に相手に非があったとしても。

『いいから、早くあるだけ出せっつってんだよ!』
『ひいいッ…!』

べちょり。

『…あ?』

右手を振り上げた天人はすぐ近くで聞こえた不可解な音に動きを止めた。

「あらぁ」

聞こえた声に天人が振り返れば、背後には口元に笑みを浮かべる女が立っていた。その手にはコーンが握られており、上に乗っていたはずのアイスクリームは男の服の上で溶けている。それを見た取り巻きの一人が慌てたように声を上げた。

『お、親分!服が!』
「あらまあ…すみません、私の不注意で」
『この女よくも…!』
『…まあ待て』

”親分”と呼ばれた犬は声を荒げる天人を制しながら、男の胸倉をつかんでいた手を放した。すると背後に振り返り、女をじろじろと舐め回す様に見つめる。その隙に天人の視界から外れた男は情けない声を上げながら逃げていく。それを確認すると女は怠そうに口を開いた。

「何かお詫びがしたいですけど、生憎今は手持ちがなくて」
『いや、お嬢ちゃんだけで十分だ』
「…あら?それはまた不思議な話で」
『いやいや、何も不思議じゃないさ。何せ…その身一つでも十分な価値がつくからな』

下卑た笑みを浮かべる犬を前に、女はにっこりと笑う。

「それじゃ、この身一つでお詫びをしますか」

そう呟いた次の瞬間、犬の視界から女が消えた。

『!?』

と思えば、素早く身を屈めた女が天人の腹部に強烈な拳をお見舞いし、怯んだ隙に足を高く振り上げ見事な踵落としを決める。衝撃に耐えきれず膝から崩れ落ちる天人を見ながら、ハッと鼻で笑う。

『がッ…!?』
『っお、親分!?こ、この女ァァ!』

地に這いつくばって呻く天人に顔色を変えた取り巻きが慌てて腰のサーベルを抜く。が、女は軽い身のこなしでひらりとかわすと、部下らしき犬二匹に回し蹴りを食らわした。吹っ飛ばされた二匹は揃って店に突っ込みけたたましい衝撃音を奏でる。

『クソッ、よくも…!』
「あらーしぶといワンちゃんですこと。うちの番犬に欲しいくらい」

腹部を抑えよろけながら復活した犬に再びにこりと笑うと、今度は顎を砕く勢いで下から拳を突き上げた。白目をむいた犬が地面に倒れる音で、呆然とその様子を見ていた野次馬が興奮したように声を上げる。

『いいぞー姉ちゃん!』
『もっとやってやれ!』

喧嘩と花火は江戸の華。
誰が言ったのか、辺りをぐるりと囲むほど集まった民衆に女は小さく肩を竦めた。

「まったく、人気者は辛いねェ」
『こ、この女、一体何者なんだよ…!』

覚束ない足取りで店から出てきた犬のうち一匹が再びサーベルを持ちなおすと、今度は真正面から女に向かっていった。それに気づいた女が両手をあわせてバキバキと骨を鳴らす。

「…私が誰かって?」

にっこりと。満面の笑みを浮かべる女に、犬は気力で向かっていく。が、腹部に華奢な腕がまわった次の瞬間、脳天が激しい音を立てて地面にめり込んだ。

「真選組副長補佐、名字名前じゃァァァ!」

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