薄情に見える奴ほど人情派だったりする


『で、カツアゲされてた男を助けて天人を病院送りにしたと』
「今日も江戸を守ってきました」
『じゃねェんだよ!テメェは何余計な事してんだ!』

私の目の前でぐしゃりと握りつぶされる報告書。その犯人は真選組鬼の副長こと土方十四郎である。しかしいくら上司といえど、やって良いことと悪いことがあるんじゃないか。

「ちょっと土方さん、それ苦労して書き上げたんですけど」
『知るかボケ!むやみに喧嘩売るなって何回言ったらわかるんだ!アイツら誰か知ってんのか!』
「見た目は犬でしたね」
『ああそうだ、ありゃ戌威族だ』

戌威族といえば過激な開国要求をしたことで有名だったはず。

「まあでも戌威族だろうがワンワン族だろうが、恐喝罪に婦女暴行罪、聞いたところ人身売買にも絡んでたみたいですし、平和的解決で私のお手柄ですよね!いやー非番なのにいい仕事したなー」

正座を崩して伸びをする私の目の前で、土方さんはピキリと青筋を立てた。

『お前のはどっからどう見ても武力的解決だろうが。そもそも、奴らは一か月前から山崎が張り込んでた。尻尾を出したところを一斉検挙する予定だったが…お前のせいでこの計画は全ておじゃんだ』
「あらま」
『あらまじゃねェんだよ。とにかく山崎にはテメーから謝っとけよ。それと壊した店の修繕費はお前の給料から天引きだ』
「っえ!?いやちょっと待ってください土方さん!私は一般市民を守るという公務を全うしただけです!ザキには申し訳ないと思いますけど修繕費は経費で何とかしてください!」

だってどう考えても悪いのは私じゃない。誰が何と言っても、例え9割方私が悪かったとしても私に非はない。

『てめェが無駄なことしなきゃ出なかった損害だ。異論は認めん』
「そりゃないぜアニキ!」
『誰がアニキだ。お前ほんと…え、なに?今月に入ってお前が関与した事件何件だった?』

大きく溜息をついた土方さんが文机に溜まっている書類を持ち上げて捲り始めた。その様子を見ながら指を折って数える。あれおかしいな、片手じゃ足りない。

「えーっと、十六件です」
『で、そん中でお前が原因作ったの何件?』
「十六件ですね」
『結局全部お前のせいだろォォォ!』
「だってそこに事件があったから」
『登山家みてーな言い訳してんじゃねェよ!お前本当に余計な事ばっかしやがって…総悟よりタチ悪ィじゃねェか!』

総悟より悪い?失礼な。ムっとした私は唇を尖らせながら渡された書類に目を通す。

「でもほら、結果的に全部解決してますし」
『テメーで事件起こしてテメーで解決してんじゃねェよ!何無意味なことやってんの!?』
「今度からは応援呼んだ方がいいですか?」
『そっちじゃねェよ原因作るのをやめろっつってんだよ!』

頼むからこれ以上余計な仕事増やさないで300円あげるから、と嘆く土方さんを宥める。

「だって、あの犬が私を売り飛ばすっていうからつい身の危険を感じちゃって。ほら、土方さんも優秀な部下がいなくなると困るでしょ?」
『お前よくそれで優秀だって胸張って言えるな』
「それに私だって悪気があったわけじゃないんですから、今回は目を瞑ってあげましょうよ。人は誰だって失敗する生き物ですから、ね?」
『イイ感じにうやむやにすんじゃねェよ。あとそれ俺のセリフだから』

呆れたように呟いた土方さんは、自分がついさっき握りつぶした報告書を私に突き返した。

『とにかく名前、テメェはこの報告書もっかい書き直してこい。こんなふざけた内容のは受理しねェ』
「え、ちゃんと書いたじゃないですか。<報告>今日の天気は晴れ、見廻りの途中で見つけた甘味処のアイスクリームが美味しかった。来店は初めてだったため無難にバニラ味を選んだが、次はキャラメル味にも挑戦したい。P.Sカツアゲから市民を守った。…ほら」
『報告の比率がおかしい以前の問題に誰もアイスに関する報告は欲しかねェんだよ。事件を報告しろっつってんの。つかP.Sってお前これ手紙じゃねェんだから』
「土方さんも今度一緒に行きます?」
『行かねェよ』

まったくノリが悪い上司だ。仕方なく自室に戻って書き直そうと部屋の襖を開けた瞬間、目の前に黒い筒が現れた。その奥には不敵に笑う総悟の姿が。

『…おい名前、ついでにそれ何とかしろ』

そんな土方さんの声を背中に受けながらいつもの悪戯に眉を寄せる。まったく仕方のない野郎だ。

「ちょっと総悟いい加減にしてよ」
『あり、お前いつ帰って来たんでィ』
「ついさっき。ていうか総悟、土方さん奇襲作戦に私を誘わないなんてどういうこと?一緒に殺ろうねって約束したじゃん。あと本当に殺しちゃったら二人で責任とろうねって」
『おいバッチリ聞こえてんぞ』
「正直聞こえるように言ってる部分もあります」
『ほんとに素直だなお前は!』

珍しく褒めてくる土方さんに鼻を高くすれば、何かを思い出した様子の総悟がバズーカをおろす。

『そういやお前、俺が頼んどいた団子買ってきたんだろーな』
「…団子」

団子。団子…は、買った。いつもの団子屋さんで総悟の分と私の分を買って、そこから戌威族の揉め事に首を突っ込んで…そこから、

「あー…道の真ん中に置き忘れちゃったかもー…なんて、」
『はい鼻フック決定―』
「いや、だって仕方なくない!?私カツアゲ連中逮捕したんだから!それくらい大目に見てくれたって、ぐぉぇっ」

首に回った腕に変な声が漏れる。おいおいコイツ絞め殺す気かよ…!
ギリギリと圧迫する力を強めてくる総悟を睨み付ける。

『そんな言い訳が通用すると思ってんのかテメーは。いいから鼻貸せ』
「鼻貸せって何!?アンタは乙女の鼻を何だと思ってんの!?」
『お前ら何でもいいから他所でやれ』

呆れた表情を浮かべてタバコに火をつけた土方さん。いやそこは普通助けるだろこの腐れ上司ィィィ!

「つーかマジで死ぬわ!いつまで絞めるつもりだお前は!」

総悟の頭を掴んだはずの右手が冷たい何かに触れる。そのまま勢いよく掴めば。

カチッ

「『あ』」

ドォン、と勢いよく放たれるバズーカ。パラパラと藻屑が降り注ぐ中、部屋の主に命中したのを見た私たちは全力で廊下を駆け抜けた。

『ッ…待てゴラ問題児共ォォォ!』

すぐさまもうもうと立ち込める煙の中から土方さんが姿を現し、物凄い勢いで追い掛けてくる。

『ふざけんのも大概にしろよテメェらァァァ!』
「土方さん落ち着いて!あっほらマヨネーズあげるから!」
『誰が釣られるかボケェェェ!』

全力疾走する私たちにまたいつものか、と呆れながらも温かい視線を向けてくる隊士たち。
騒がしくも楽しい、これが私の日常である。

『ナレーションやってねェでとっとと走れノロマ』
「いだああああァァ!頭叩くことないでしょうがァァ!つーか原因アンタにもあるから!」

総悟と揉めながら廊下を駆け抜ければ、前から来た一人の隊士がこっちに気付いて手を上げた。

『あっ、名前ちゃん!探してたんだよ!』
「なに!?ちょ、今忙しいんだから後にして、」
『これ、さっき屯所の前に来た男の人が女性隊士さんに、って』
「男の人?」

念のため後ろを確認。…うん、大丈夫そうだ。

『何でィ名前、お前一般人に貢がせてんのかィ』
「いや身に覚えがないんだけど」
『何でも天人に絡まれてるところを助けてもらったとかで』

総悟と顔を見合わせて渡された物の包みを開ければ、中から出てきたのは落としたはずの団子。綺麗なところを見るとわざわざ買い直してくれたのだろう。
そのとき、包装紙の中に挟まれていたのか、白い紙がひらりと舞い落ちる。拾い上げて目を通した私は頬を緩ませた。
すると何故か私よりも先に団子を頬張る総悟が不思議そうに覗き込んでくる。

『真選組がメスゴリラを飼育してるとは知りませんでしたーって?』
「誰がメスゴリラだ。うちはオスの飼育で手一杯だわ」

読み終えた手紙を綺麗に折り畳んで胸ポケットに仕舞い、既に本数の減った団子に手を伸ばす。

「…うん、美味しい!」

――勇敢な真選組の女性隊士さんへ 
今日は危ないところを助けていただき、本当にありがとうございました。
この御恩は一生忘れません。

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