人の好意を無下にするなっていうけど正直有難迷惑なときもある

次の日。ファミレスのテーブル席に腰掛ける私の隣には銀ちゃんの姿があった。

「ごめんね銀ちゃん、いきなり呼び出して」
『いや、あの…それは別にいいんだけど…何これ?』

困惑したようにテーブルに置かれた丼を指さす。

『旦那すまねェ、全部バレちゃいやした』
『いやいやそうじゃなくて…何これ、マヨネーズに何か恨みでもあんの?』
『カツ丼土方スペシャルだ』
『名前のやつ普通じゃん。俺のと変えて』
「いや無理でしょ確実に胃やられるって。あ、ちなみにこれうちでは通称”犬の餌”って呼ばれてるんだよ」
『何それ初めて聞いたんだけど!?』
「ちなみに流行元は一番隊隊長です」
『発案者は副長補佐でさァ』
『お前らいい加減にしろよ。…まァいい、本筋の話だ』

そう言ってタバコを深く吸い込んだ土方さんは銀ちゃんに向かって鋭い視線を向ける。

『こいつに色々吹き込まれたそうだが、アレ全部忘れてくれ』
『んだオイ、都合のいい話だな。目の前で犯罪が起きてるってのに知らんぷりたァ、大層な役人さんだ』
『いずれウチが潰すさ。だがまだ早ェ。腐った実は時が経てば自ら地に落ちるもんだ』
『へー…』
「はいストップ」

鼻クソを発射させようとしていた右手首をがっしり掴んで笑顔を向ける。

『おい、まさかお前まで毒されたんじゃ…』
「あっ、すいませーん!チョコパフェ一つお願いしまーす。銀ちゃん、料金は土方さん持ちだから安心して食べてね」
『名前、そろそろウチに嫁に来ない?』
「えーどうしよっかなー」
『旦那ァ、そいつ貰う時はその空っぽの頭ちゃんと下げに来てくだせェ。ねっ、土方さん』
『誰がテメーなんぞにやるか!つかおい、話逸らしてんじゃねェ!』
「まあまあまあ、これでも食べて落ち着いてください土方さん」

立ち上がった土方さんを座らせて吐き気を堪えながらカツ丼に追いマヨをする。カツ丼改めマヨ丼をかき込んだ土方さんはまだ納得いっていないらしい銀ちゃんを見て続けた。

『天導衆って奴ら知ってるか?将軍を傀儡にし、この国をテメー勝手に作り変えてる。この国の実権を事実上握ってる連中だ。あの趣味の悪い闘技場はその天導衆の遊び場なんだよ』
『…なるほどな。それでお前らは見て見ぬふりしてるってわけか』
「どうにかしなきゃとは思ってる。でも私たちじゃどうしようもないってのが実際のところ。はーやれやれ、これだから組織ってのは困るね」
『まったく嫌なもんでさァ』
『一番しがらみ無さそうなお前らが言うか?…ま、そういうわけだ。これ以上踏み込んでも碌なことがねェ。今回のことは綺麗さっぱり忘れてくれや』





早朝、江戸の外れで死体が見つかったという報せが入った。ぐうすか寝ていた私はまたもや総悟に叩き起こされ、半ば強制的に現場に連れて来られた。

『沖田隊長、名字補佐、お疲れ様です』
「お疲れ。被害者は?」
『殺害されたのは道信という和尚です。ここから数キロ離れた廃寺で孤児たちと暮らしていたとか』

遺体に手を合わせて掛けられていた布を捲る。刃先の太い得物で胸部を一突き。これじゃ即死だっただろう。白手袋をつけて荷車に飛び乗り、隅に置かれていた麻袋の中を漁る。

「これって…」

指先に触れた固い感触。疑問に思いながら引き抜くと、それは見覚えがありすぎる鬼の仮面だった。外で待機していた総悟もそれで全てを悟ったらしく、倒れている道信に目を向ける。

『…なるほどな。あの男が鬼童丸ってわけかィ』

うつ伏せになった道信の周りを取り囲むのは小さな子どもたち。煉獄関最強と呼ばれた男はあの子どもたちを守る為に人を斬っていたのだろう。

『先生、なあ、先生ってば!』
『目開けてよ…先生…っ』
「…」

泣きじゃくる子どもたちから目を逸らす。確かに道信は人を斬っていた鬼だったけど、あの子どもたちにとっては唯一の師であり、父親のような存在だったのだ。やるせない気持ちを抱えながら仮面を懐に仕舞って歩き出すと、真っ暗な空から冷たい滴が落ちてきた。

その後、身寄りのない子どもたちは一時的に真選組で保護することになった。里親を探すか施設に預けるか、それは後日また本人たちの希望を聞いて判断するらしい。

明け方に降り始めた雨は夜が明ける頃には土砂降りになり、空には墨を垂らしたような分厚い雲が広がっていた。ごろごろと唸る空の音を聞きながら玄関に座って靴を履く総悟の背中に話しかける。

「こんなに朝早くから、あんたにしちゃ仕事熱心だね」
『俺がいつ仕事をサボったよ』
「いや聞き捨てならないんだけど。アンタの場合エブリデイ休日でしょうが」
『んなことよりお前、ガキ共ちゃんと見張っとけよ』
「…あの子たちを?何で?」
『ここに行くって煩ェんだよ』

そう言って総悟が取り出したのは”万事屋銀ちゃん”と書かれた名刺。あれだけ関わるなと忠告したのに既に接触していたとは…まあ銀ちゃんらしいと言えば銀ちゃんらしいけど。

「入るよー」

頭を掻きながら客室の襖を開けると、中で待機していた子どもたちが一斉に集まってきた。

『姉ちゃん!』
『なあ、警察の兄ちゃんってあそこに行ったんだろ!?』
「あのお兄ちゃんも言ってたでしょ?君たちはここから出ちゃダメだよ」
『どうして!』
「危ないことに巻き込まれるかもしれないから」

それにこの件にはこれ以上踏み込んでほしくない。そんな心配という名目の裏にあるのは大人の汚い事情だ。するとおかっぱの女の子が隊服の裾を握りしめ、しゃくりあげながら言った。

『でも、何でもしてくれるって言ったんだもん…』
「…」
『白髪のお兄ちゃん、私たちのこと助けてくれるって…』

大きな瞳からぼろぼろと溢れる涙に心臓が締め付けられる。

『俺たち、先生の仇を取りたいんだ…!』
『だから頼むよ、なあ姉ちゃん!』
「…」

しゃがんで女の子の頭を撫でる。

「今ね。外、たくさん雨降ってるの」
『…?』
「濡れて風邪ひいちゃうかもしれないから、みんなちゃんと着込んでね。…約束できる?」
『!』

そう言うと子どもたちは顔を見合わせてぱあっと笑顔になった。

『っありがとう、お姉ちゃん!』
『ありがとう!』

笑顔で羽織を着る子どもたちを見て襖を開けると、廊下には腕を組んで柱に背中を預ける土方さんが立っていた。私の行動が褒められた行いじゃないのは土方さんの厳しい顔を見れば一目瞭然だ。

『お前、まさか連れてくつもりじゃねェだろうな』
「そのまさかですよ。私は可愛い子どものお願いに弱いんです」
『…』
「それじゃ、ちょっくらかぶき町までお散歩に行ってきますね」

そう言ってひらひらと手を振ると、土方さんは呆れたように溜息をついた。

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