平日休みの優越感は半端ない

『おい名前、さっさと起きろィ』
「無理まだ寝る」
『…』

言いながら頭ごと布団に潜った瞬間べろんと勢いよく布団を捲られる。舌打ちをしながら不機嫌全開で見上げると、無駄にいい笑顔を浮かべた総悟が立っていた。

「ちょ、何やってんの普通に寒いんだけど」
『お前どうせ暇だろィ。ちょいと付き合え』
「あだだだだだ!暇じゃねェよ一日仕事だよ!」
『俺は今日オフなんでィ』
「知るかァァァ!ちょ、ハゲる!ハゲるってェェェ!」





『おい、そのブス面晒すのいい加減やめろ』
「ブスじゃねーし可愛いし」
『あーわかったわかった、何でもいいから機嫌直せメス豚』
「それで女子の機嫌が直ると思ってるアンタが凄いわ。…ていうかうるさいな!」

熱気溢れる会場に割れんばかりの歓声。その中心に位置するのは大きなリング。何が悲しくて微塵も興味のない女子格闘技を見なければならないのか。うんざりしながらリングに目を向けると突然チャイナ服を着た少女が乱入してマイクパフォーマンスを始めた。

『おーっと、リング上に乱入者が!このチャイナ娘、どこの団体だァァ!?』
「いやいやいやいや…」
『何やってんだ、ひっこめチャイナ娘ェェ!』

見覚えがありすぎる少女に頭を振る。一体こんなところで何やってるんだ。というか保護者はどこ行った。そう思い隣の通路に目を向けると。

「…あ」『あ』

そこには神楽を置いてそそくさと帰ろうとする保護者の二人がいた。


***


『いやー奇遇ですねィ。今日はオフでやる事もねーし、大好きな格闘技を見に来てたんでさァ。しかし旦那方も格闘技がお好きだったとは』
「チッ、お前の用事に巻き込むなってんだ」
『あの、名前さんがいつになく荒れてるんですけど』
『おい新八、野暮な事聞くんじゃねェよ。ありゃ生理だ』
「その天パ燃やしてスチールたわしにしてあげようか銀ちゃん」
『こいつ普段からたいして働かねェくせに仕事があるとかで煩いんでさァ』
「どっちかっていうと総悟に巻き込まれたことに腹が立ってるんだけどね。しかも勝手に有給消費するとかパワハラもいいとこだよ」
『は?お前、この前風邪ひいた時俺が看病してやっただろうが』
「人の枕を水浸しにした行為を看病とは認めません」
『すいやせんね旦那、こいつ照れ隠しが下手なもんで』

わしゃわしゃと頭を撫でてくる手を叩き落とす。そんなんで許されると思うなよコノヤロー。

『それより旦那方。暇ならちょいとつき合いませんか?もっと面白ェ見せ物が見れるトコがあるんですがねィ』
『面白い見せ物?』
『まァついてくらァわかりまさァ』

神社に設置された特設会場を出てからしばらく街中を歩き、どんどん薄暗い路地を進んでいく総悟に溜息を漏らす。

「ねえ、一体どこ行く気?」
『だから面白ェとこだって』
「アンタまさか私が知らないとでも思ってんの?」
『何だ、お前も知ってたのかィ。なら話が早ェや』

路地を抜けた奥に現れた階段を上がるにつれ、徐々に聞こえてくるのは熱狂的な歓声。一気に開けた視界に映ったのは熱気に包まれた闘技場、そして膨大な数の天人たち。彼らの視線の先で繰り広げられている試合――それはまさに正真正銘の殺し合いだった。

『賭け試合か…』
『こんな時代だ、侍は稼ぎ口を探すのは容易じゃねェ。命知らずの浪人どもが金欲しさに斬り合いを演じるわけでさァ。真剣での斬り合いなんざそう拝めるもんじゃねェ。そこに賭けまで絡むときちゃあ、そりゃみんな飛びつきますぜ』
『胸クソ悪いモン見せやがって!寝れなくなったらどーするつもりだコノヤロー!』
『明らかに違法じゃないですか…沖田さん、アンタそれでも役人ですか?』

いけしゃあしゃあと言う総悟に神楽と新八くんが非難の目を向ける。

「役人だからこそ、なんだよ」
『まさか幕府も絡んでるっていうのか?』
「そういうこと。下手に動くとこっちも危ないからね」
『自由なアンタらが羨ましーや』
『…言っとくが名前のためならまだしも、俺ァテメーら真選組のために働くなんざ御免だぜ』
『あり、おかしいな。アンタは俺と同種だと思ってやしたぜ。こーいうモンは虫唾が走るほど嫌いなタチだと』

一際大きくなった歓声につられて目を向けると、闘技場に鬼の仮面を被った男が登場した。

『煉獄関最強の闘士、鬼道丸。今まで何人もの挑戦者をあの金棒で潰してきた無敵の帝王でさァ。まずは奴を探りゃ何か出てくるかもしれませんぜ』
『オイ』
『心配いりませんよ。こいつァ俺の個人的な頼みで真選組は関わっちゃいねー。ここの所在は俺とこいつしか知らねーんでさァ。だからどうか、この事は近藤さんや土方さんには内密に…』





次々に倒れていく天人を見て、柱に凭れ掛かりながら溜息を零す。

「だから嫌だったんだよ総悟のオフに付き合うとか。案の定面倒事に巻き込まれたし」
『そういうお前もどうにかしようと思ってたんだろィ』
「…まあ」

どうにかしよう、とは確かに思っていた。でもいくら末端とはいえ仮にも幕府組織の一員である私が動けば真選組を巻き込んでしまうのは火を見るよりも明らかだ。でも警察の人間として…というか人として、あんなの見過ごしていいわけが無い。一体どうすればいいのか。考え込む私の前でまた一人、総悟にやられた天人が倒れていく。敵の尻尾を掴むために下っ端からしらみつぶしでいく作戦らしいが、こんなの土方さんにバレたらなんと言われることやら。

『お前らがそんなに働き者だとはな』

そんなことを考えていたからか、真後ろから聞こえた低い声にびくりと大きく肩が跳ねた。

「あちゃー…見つかった」
『大方名前が俺とデートするって聞いて尾行してきたんだろィ。全く、ストーカーは一人で充分でさァ』
『誰がストーカーだ』
「土方さん、今日は違いますからね!総悟に無理やり連れてこられただけですから!私何も悪くないんでそこんとこよろしく!」
『今日”は”ってお前いつものはサボリだって認めやがったな。…言っとくが今回のことは連帯責任だ。だいたい名前、このことは喋るなっつっただろ』
「うわ…土方さんの今のカミングアウトで事態はさらにややこしいことになりました」
『は?…あー…悪ィ』
『あ?一体どういうことでィ』

ワケがわからないといった表情で見つめてくる総悟。土方さんに目を向ければ顔を逸らされてしまった。もしかしなくても今日は厄日決定だ。

「私、先週から昨日までいなかったでしょ。その間、土方さんの指示でここのこと調べてたの」

驚いたように目を見開く総悟に肩を竦める。そう、何を隠そう昨日までの内偵がこの煉獄監の案件だったのだ。近藤さんに知れたらなりふり構わず無茶しかねない。そんなことも見越して土方さんが私とザキに“秘密裏に”調査するよう命じていたのだ。そんな私の努力も今この瞬間に水の泡になったわけだが。人に命令しておきながら普通にカミングアウトした張本人をじとりと睨めば涼しい顔して煙草を吸い始めた。開き直りですかコノヤロー。

『まァ、バレちまったもんは仕方ねェ。だが総悟、これ以上余計な事はするんじゃねェぞ』
「土方さん、残念ながら時すでに遅しです」
『あ?』
「このアホ、ここのことを包み隠さず全て万事屋に話した上に鬼道丸の素性調査を銀ちゃんに依頼してましたー」
『はァァ!?おま、何やってんだよ!?』
『おい名前、テメーふざけんなよ』
「勝手に有給消化されたお返しじゃボケ」

総悟が不愉快そうに睨んでくるが知ったこっちゃない。こっちは貴重なオフを潰された上に厄介事に巻き込まれたのだ。これくらいしたって罰は当たらないだろう。

『よりによってあの野郎に知られるとは…』
『でもま、組織に属する俺たちより動きやすいのは事実でさァ』
『だからってあんな奴にホイホイ組織の内情話すやつがあるか!』
「まあまあ二人共落ち着いて」
『だいたい名前、何で総悟のこと止めなかったんだ』
「えっ」
『お前が土方さんに余計な事言わなければここまで小言言われることはなかっただろ』
「各々責任転嫁が酷いんだけど今日私勝手に有給消化されてここにいるからね」

間違いなく今回の被害者は私だ。

「こうなれば土方さん、私たちに残された手段は一つしかありませんよ」
『あ?』

そう言って胸元から携帯を取り出せば、全てを悟ったのか土方さんが諦めたように溜息をついた。

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