落花流水

038


「まあ…こんなに資料が」

名は書物が好きだった。それは知識を与え昨日の自分よりも賢くなれるから。そして、独りの時間を虚しくさせないから。

自宅の書斎よりも遥かな量に驚いた。此処で学べるとはとても羨ましい。そして、弟子同士で打ち合える空間がとても名の目に止まっていたのを蒙毅は見逃さなかった。

「一戦してみますか?」

僕や河了貂が相手をしてもいいが、最初からこの学校で腕のある者と対峙させるのもいかがなものかと、近くにいた並よりは実力のある者を呼ぶ。

「ワッハッハ、これは兄上に負けずモテるぞ。しかし、蒙毅。私が相手になろう。如何かな?お嬢さん」

蒙毅のその配慮は女性の心を掴むに違いない。彼の肩をバシバシと叩く。しかし、武人には不要なことだった。見た目が華やかではあるが彼女の根は兵士だ。

「有り難き幸せです」

よろしくお願いいたします。と介億の挑発的な笑みに応えるように名は不敵にいつもの張りついた端正な笑みを浮かべた。

「…」

結果としては名は負けた。

しかし、良い戦い方だったと観戦していた者は誰しも思った。

(独学の者が介憶先生と途中まで互角に競い合っていた…一体何者なんだ)

河了貂は名を驚きの眼差しで見つめていた。名は少々眉を寄せて悔しそうにしている。しかし、対戦中は楽しんでいた、この戦いを。

「思った通り。才能があり、我が主人が気にいるに違いない」

名の出立ちを見てすぐさま才能を見出せた。間違いなくこの軍師学校で学べば頂点まで登りつめるほど優秀な人材であることも、そして昌平君が欲しがる駒であることも見抜いていた。

「名はさ、戦場に出て、何百人の人の命を預かって怖くなかったのか?」

蔡沢らが部屋から出てくるのを待つ間に河了貂とは随分仲が良くなった。そして蒙毅とも打ち解けることができた。

河了貂がした質問は、いくら卓上でうまく戦略ができようが実際に軍師としての才能があるかどうかは戦場に出てみないと分からないものだった。河了貂は実際に軍師としての才能を持ち合わせていると思った彼女に聞いておきたかったのだ。

「私の選択一つで何人死ぬか。それも計算に入れながら動いているのに気づいたのは最近です。死を軽んじている訳ではないし、無駄死にさせるような作戦は決して立てませんが…私の場合割り切れてましたね、そこに関しては。多分冷徹なんでしょう」

生まれ持った軍師としての才能だと蒙毅は感じた。しかし、彼女の表情はどこか朧げで今にも消えてしまいそうなほど儚かった。

「あら…もうお喋りの時間は終わりみたいですね」

扉の開く音がした。蔡沢と兄。そして昌平君が姿を見せる。まだ聞きたい話があった河了貂は名残惜しく感じた。

「本日はありがとうございました。お陰でとても有意義な時間となりましたもの」

「こちらこそ。またいつでもいらしてください」


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