落花流水
001
「名と申します。お見知りおきを」
信の初陣であった蛇甘平原の戦い。麃公将軍率いる軍の中の千人将である縛虎申の隊に所属した信はその中で少女と目があった。
眉一つ動かさず、口元だけ微笑んでみせた彼女。見た目からして普通の女よりも華奢でなんというか、信は彼女がこの戦場から浮いているように思えて思わず目に留まったのだ。
「…私の顔に何か?」
「え、や、女だったから珍しくて」
長い時間彼女を見つめていたのだろう。不思議がって首を傾げる彼女に慌てて言い返す。彼女はその言葉に納得し無理もないと言った。
「特攻戦を好む縛虎申殿の事です。最前線に立たされるこの部隊の中で私は恰好の的でしょうね」
そう平然と述べた。そして、彼女は薄笑いを浮かべる。信はその笑みに本能的に背筋に戦慄が走った。
「隊長、縛虎申殿が呼んでおります。前の方へ」
「は、隊長…?」
前の方からやってきた彼女の手下のような兵士がそう言った。彼女は呼ばれたことに疑問を浮かべる様子もなく、ただ頷いて前に進みだそうとする。
「ええ。今回この部隊の数合わせで配属された隊長です。100人隊ですけどね」
その事実に驚きを隠せない。信はこの女がましてやただの兵士である自分よりも上の立場にいるものだとは思いもしなかった。
では、と軽く会釈をするともう信の方を振り向くことなく人混みの中に消えていった。
「おい信!伍を組んだのに早速はぐれてんじゃねーよ」
尾平が信をキョロキョロと探し、やっと見つけたと言わんばかりに服の襟を掴んで伍のメンバーがいる方へと引き返していく。
これが信が名と初めて面識を交わしたときの出来事である。それからしばらくの間彼女とは会うことはないのだが、信の脳裏に彼女の印象は強く残った。
「何ぼーっとしてんだ?これから戦に行くんだぞ俺たち」
「戦場に女が…それに隊長だってよ」
「ハッ?女?馬鹿、早く言えよなーっ!で、美人だったか?何処だよ何処」
女という単語にセンサーが立ちあたりを見回しだす。しかし、もう目視できる距離に彼女はいない。
「あー、前に行ったぜ。あと、綺麗な目してた」
「あ、目だけ?」
そんな会話をしながらもとの場所へと戻っていく。信には彼女のことをどう表現すべきかわからなかった。
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