塩味

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レース当日。私はゴール付近で観戦することにした。スポーツを観戦するという事自体が初めてで、1人は心細いと思いながらも大衆の中に紛れた。

「先頭が来たぞ!」

誰かの鶴の一声で一斉に湧き上がる歓声。先頭を争っていたのは強そうなスポーツウェアを着た選手…となんかおしゃれな服を着た東堂くんだった。

こんな時でもおしゃれを欠かせなかったんだと思うと彼らしい。

だが、普段の東堂くんじゃない。戦意剥き出しで走る彼の姿、汗も髪の乱れも気にせず全力をその一瞬に注ぎ込んでいる。

そんな彼を見た時だった。

何をやっても大抵のことはできてしまうことがつまらなかった。嫌…楽しもうとしてなかったのかもしれない。じんわりと末端から熱が湧き上がる様だ。私は今、熱を帯びている。

灰色だった世界が色づいた。

東堂くんが白線を誰よりも先に越えて、空を仰いだその瞬間から。

しばらく呆気に取られてぼーっとしていた。数秒間、数分間…だったかもしれない。その後のことはあまり明確には覚えていない。

気づけば選手の休憩テントの前まで来ていた。

これって選手以外入っていいのかな、ていうかお疲れ様とか言えるほど彼らと仲良くなってないことに今更気づいた。もしかして私キモいかもなんて思うと背中からツーと冷や汗が流れた。

やっぱり、帰ろう。うん、帰ろう。明日、教室でおめでとうって言おう。それがいい、そうしようと振り返ってテントから背を向けた時、声をかけられた。

『もしかして修作くんの友達かな?一緒にテント入る?…って美少女!すごい美少女!』

私よりも年上の…高校生だった。箱根学園と描かれたジャージを身に纏い、心配そうに話しかけてくれたと思ったら、眩しいっ、と叫んで後退りされた。反応に困っていると、お姉さんも通常運転に戻ったのか、軽く謝られた。

『2人ともすごい頑張ったから、あなたにおめでとうって言ってもらえたらすごい喜ぶと思うよ』

『え、あっ、ちょっと』

ほら、と手を引かれてテントに入った。そこには汗だくで汚れたオシャレ着を脱いでタンクトップ姿の東堂くんと糸川くん。東堂くんは髪が乱れていることをかなり気にしている様だった。いつもの彼に戻っている。

『こんな髪で表彰式なんてでないぞ!欠席する!』

優勝者が出ない表彰式があるか、と糸川に無理やり引っ張られていた時に、東堂くんは私の存在に気がついた。

『どうだった、レースは』

私の表情を見て答えはわかっているのだろう。自信に満ちた彼の顔を見て、またあの瞬間がフラッシュバックする。

『凄い、凄かったよ、東堂くん。その乱れた髪だって、汚れた洋服だって何一つカッコ悪くない。素敵、かっこいい』

『…む、無論だ。俺はいかなる時もかっこいいからな』

そんなに熱を帯びた瞳で真っ直ぐな言葉をぶつけられるとは思っていなかったのか、思わず彼女から顔を逸らしてしまった。

『お前…皆水さんだけじゃなく、苗字さんまで…』

糸川は悔しさのあまり涙を堪えていた。神様は意地悪だと恨む。

『髪が邪魔ならカチューシャしてみたら?なんちゃって…』

冗談で皆水さんがカチューシャを取って見せた。東堂はそれを真に受けてそのカチューシャを奪い取る。

((リボンちぎった!!))

ちぎられたリボンは無惨に地面に投げ捨てられる。ほんとにそれつけて表彰式出るの?と皆から心配されながらもそれは杞憂に終わった。

『なんでも似合うのがお前のムカつくところだー!!』

表彰台に向かって糸川は叫んだ。その隣で名前は表彰台の頂点に立つ東堂を見つめていた。

『本当に凄いね、東堂くんは…』

その時の私はどんな顔をしていたのだろうか。糸川は苗字を見て今まで疑問に思っていたことを口にした。

『苗字さんはアイツの事好きなの?』

その質問に豆鉄砲を喰らった顔をした名前に意外と表情豊かだなと心の中で呟いたことは糸川自身しか知らない。

『好き…って断定はできないんだけど、彼の輝いてるところずっと見ていたいって思ってる』

『それは恋してんじゃん、チキショー!尽八のヤツどこまでもムカつくー!!!』

バーカ!と言ったところで大衆の声にかき消されて本人には届いていない。そんな糸川くんを横目に、その感情は恋と認めてしまうのか名前は悩んでいた。もう一度東堂を見た。彼と目が合った瞬間心臓が飛び跳ねた。嗚呼これは認めざるを得ないなぁと名前は失笑した。

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