「どうしたら、いいと思う?」
学校の昼休み、中庭のベンチに二人の影がある。
一人は絶世の美貌を持つ彗華。そしてもう一人は、これまたタイプの違う美形だった。
硬質な金塊をかき集めたようなセンター分けのゴールドの髪。冷たくカチリとした白の肌に西洋人特有の高い鼻。サファイアの煌めきを持つ青の瞳は人の瞳ではあり得ないほどに真っ青で、けれど人形というにはあり得ないほど人間味があり底が知れない。ただ笑っていれば人懐こいが、猫のように吊り上がった目元と左目元の泣きぼくろがなんともセクシーな印象を抱かせた。さもすればキツめになりがちな顔を銀縁の眼鏡が中和し、どこか話しかけやすい雰囲気を醸し出している。さらに180を悠々と超えるモデル顔負けのすらりとした身長に、筋肉がついた無駄のない体つき。まさにイタリアの街並みで歩いていそうな「伊達男」だった。彗華の華やかだが静謐で昏い美貌とは対照的な絢爛豪華で明るい顔立ちを持つ美丈夫が彗華の隣を陣取っている。絶世の美人である彗華と並んでも遜色ない、むしろお似合いと思わせるような堂々とした態度の美丈夫は、ドミニク・アレクサンドラ・ガルシアという。
ドミニクはラテン系の混血である両親の元に生まれたイタリア人だが、両親の転勤により日本にやってきた在日外国人だ。だからといって日本語が話せないわけでもなく、母国語であるイタリア語・日本語の他にも数カ国語を操るマルチリンガル。加えて少し毒のある男を体現したような容貌と明るい笑顔のギャップで思春期の女子たちは一人残らず夢中になるような「色男」。そんな対局に属しそうなドミニクであったが、陰と陽が惹かれ合うように不思議と仲良くなり、今では彗華の同年代唯一の友人で、心を許せる一人でもあった。ちなみに、先日六本木の文房具店に行った友人はドミニクのことである。
太陽の光に照らされてドミニクの耳につけられた白のピアスがきらりと光った。こき、と首を鳴らしたドミニクのセクシーな男らしい目線が彗華のオッドアイを射抜く。
「君ねぇ、ちょっとお人好しが過ぎないかい?」
呆れたような顔を隠しもしないドミニクに、彗華は少し目を逸らした。
「、でもこのハンカチ、返さないと」
「律儀すぎる。大体、そんなことを言ってくる奴が君に不埒な思いを抱いていないとどうして言えるんだい?」
薄くぼんやりとした希望をバッサリと切り捨てられるが、言っていることはとてもまともだ。むしろのこのこ待ち合わせ場所に行ってしまったらパクりと食われかねない。そしてずるずると関係を持つように脅されるだろう。低く艶のある声が淡々と可能性を吐き捨てるのを黙って聞く。分かっていた答えであってもそう断言されると少しだけ傷ついた。
俯いて顔を上げない彗華に、友人は小さくため息を吐く。
「まぁ、警戒心がないとは言わないよ。だから俺に相談しにきたのだろうしね。自分の考えと取るべき行動を切り離すために聞きにきた。そんなとこだろ?」
出会ってから何年も経っているわけではないが、この友人は彗華のことをよくわかっている。彗華の容姿がもたらす周囲への影響もその後の被害も。合理的で頭の回転が早い友人に相談することが一番傷つかなくて済むことを知っていたからだった。彗華がその白魚の手を遊ばせながら小さく頷くと長い脚を組み直しながら空を仰ぐ。
「俺はさ、君のことが心配だ。君が思っているよりも君のことが大切だし、傷つかなくてもいいことで泣いてほしくない。そうでなくても俺の可愛い人は人目を惹き寄せるんだからこれくらいいうのは許してくれよ。反対意見は聞きたくないんだぞ」
「可愛くないよ」
「・・・・・・否定するのがそこであることが君らしい。そういう謙虚で生きづらそうなところ、好きだよ。まあもっと上手く生きれるとは思うけどね」
ひらひら手を振ったドミニクの軽口を嫌だとは思わなかった。性的な匂いを感じさせない賛辞がするりと出てくる人間なのだ、このドミニクという人間は。まあよくドミニクは彗華を可愛いというし、慣れているというのもあったけど。
上手く生きたいと思ったことは何度もある。けれどこの顔のせいで、それは難しいだろうなと振り回されてきた経験から思っていた。賛辞と好意を重荷に思い、呪いのように縛られてしまう人間もいる。それを体現した彼が、それでも返したいなと思っているのを見抜いたのか、ドミニクは眉を顰めながら聞いてくる。
「どうしてそこまで会いたいんだい?」
「・・・・・・そういう、下心みたいなのがあったのかもしれないけど」
でも、こんな面倒ごとを放っておかないで助けてくれたの。
「だからお礼が言いたいんだ。それだけ」
祈りを捧げるシスターのように手を重ねる彗華のことをドミニクは黙って見つめた。夜闇の髪が風に揺れてさらさらと散るのが、宗教画のように綺麗だった。馬鹿だな、と思う。けれどそれと同時に、こういう人間だから好きなんだよなぁとも思った。
ドミニク・アレクサンドラ・ガルシアという人間は、この美しくて寂しい友人のことがいっとう好きだった。それは不埒な欲があるとか、身勝手な執着とかとは少し違う。もちろんアルフォンス・ミュシャの繊細さとグスタフ・クリムトの耽美さが入り混じる傾国の美貌は目の保養になって好きだけれど、それ以上に彗華を可愛い人だと思っていた。独自の線引きがあるのか他人には冷たくあしらいながらも怖がり、懐に入れた者には無邪気な少女のように頼りない姿を見せる。そんなの、可愛いと言わずしてなんとするのか。
ドミニクは彗華に、騎士が高貴な姫君に捧げるようなプラトニックな愛情を抱いていた。近寄り難いほどの美貌を可愛らしくとけさせ、口下手でも一生懸命に話そうとする姿を守ってやりたいし、この笑みをみれるのは俺が信用されている証だという優越感すらあった。もちろん、最初からこうだったわけではない。淡い期待をのせながらも警戒心が強い彗華に根気強く接して勝ち取った信頼だ。天変地異が起きても変わることのない無表情があなたを信用しているんです、と言わんばかりの微笑みを見せるようになった時には一人ガッツポーズをしたほどである。彼が望めば命だって投げ出しても惜しくないだろうなと思う自分がおかしくて、けれどそれすら嫌ではなかった。そんなドミニクにとっては、この友人の前に現れたあの三つ編みの男は気に食わない。あの危険で優美な肉食獣を思わせる男は牙を隠しているに違いない。幼い頃からああいった手合いと出会ってきたドミニクの経験がそう告げている。無闇に近づけば、確実に彗華が傷つく結果になる。
しかし彗華のこの真っ直ぐな律儀さを汲んでやりたいと思うのもまた、事実だった。
これをいったらきっと、彼の義兄たちに怒られるだろうなと思いながら、ドミニクはある提案を告げる。
「なら、俺と行くかい?」
「え?」
切長の眼差しをひどくまんまるにした彗華を可愛いなと思いながらそっと笑いかける。人当たりのいい、けれど色気のある笑い方をしていた。幼い少女がうっかり見てしまったら卒倒し囚われ続けるだろう艶がある笑み。
「ハンカチを返すだけなら一人で行かなくてもいいはずだよ、それに一人でこいなんて言われてないんだろう?」
いきなりの提案に彗華は戸惑ったような顔をしながらも小さく首を振る。
「なら、俺がついて行っても問題ないな。もしも下心を見せてくるようなら対処できるしなんなら、恋人役になってもいい」
「えっ」
よほど驚いたのか、彗華は迦陵頻伽の声をあたりに響かせた。そこまで響くと思っていなかったのか慌てて口を覆うと、小鳥の囁きのような声を出しながら肩を叩いてくる。驚き過ぎてしまったようだ。まさかドミニクがそんなことを言い出すと思わなかったのだろう。そんなことを軽々しくいうなとか、ほんとに好きな人ととか慌てている彗華にくつくつと喉を震わせる。そんなに慌てることもないだろうに。
前からドミニクはそうするべきじゃないかと思っていた。この学校で彗華に並んでも見劣りせず近寄らないよう牽制できるのはドミニクだけだったし、守るためなら手段を選んでいる暇もない。心配があるとしたら彼の義兄だが、彗華を守るための仮の関係だと言えば許されるだろう。偽りとはいえ彼と恋人同士というのも悪くはないなと脳裏に思い浮かべた。身長差もちょうどいいし、何より容姿の釣り合いも「性別」の問題も自分とならなんら問題はない。
「ちょ、きいてる?」
「聞いてる聞いてる」
「絶対嘘だ!ちゃんと聞いてよドミ!たとえどんなにかっこよくても君は女の子なんだから、そんなこと軽々しく言っちゃダメだ!」
慌てながら食い下がる彗華の目には涙が浮かんでおり、もっと泣かせたいと嗜虐心を湧かせてくる。ああこれが男を狂わせ女であっても虜にするんだろうなと思いながら、ドミニクという「女」は華やかに笑った。
(まあ俺は、この子を守るだけだ)