知らない何処かの誰かが言った。
夜は、なによりも自由な時間だと。
よふかしのうた
学校が嫌いだった。
きゃらきゃらと甘ったるい声で笑う女子たちはケバケバしい化粧にぎらぎらとした爪をつけて、あまりお世辞にも品がいいとは言えない彼女たちには馴染めなかった。男子は男子で治安が悪いというか、良くも悪くも開けっ広げで明け透けで下世話な話をしていてかなりうるさい。よく言えば陽気、悪く言えば動物園。それが私が通う学校だった。
別の学校に通いたいと思う気持ちがないわけではない。事実中学の時の先生や友人にも、「あなたの頭ならもっといいところがあるだろうに」と残念がられたし、行きたい学校があった。けれど、うちは裕福な家庭ではない。確実に入れるだろうと言われた有名進学校には莫大なお金がかかる。それで親を困らせるくらいなら、と学費が安くてあまり評判がよろしくない学校を選んだ。本当は、高校も行くべきではないと申し出た。けれどそれだけはと懇願され、それで選んだのがその学校。親からは申し訳なさそうな顔で謝られた、自分で決めたことだからと励ませばさらに体を縮こませて泣かれてしまった。その体の小ささを思えば、この三年間を耐え切るくらいはして見せなければならない。そう誓った。だから、学校が嫌だと言い出すことはできなくて。
けれど、やっぱり校風やクラスメイトと合わないというのは致命的だった。目まぐるしく変わる中学との差に楽しくもないのに人と馬鹿騒ぎするための余裕も金も情緒もなく。だから話を相槌でやり過ごし、愛想笑いで無意識の壁を作った。そんなやり方でしか自分を守れなかった。そうしたら、気がつけばクラスから孤立してした。多分、私のとった対応は失敗だったのだと思う。少なくともみんな一緒を旗に掲げるオリエンタル社会の典型のようなこの学校では。けれど今更、キャラを作って自分を偽るのも違う気がして、クラスではいつも本を読んで過ごしていた。
そうなると、やっぱりクラスメイトが茶化してくる。本なんて読んでるぜ、真面目ちゃんが、とか。そんなことを言われる筋合いもないのに、気取ってるとかいいこぶってるとかでまた、孤立する。自分が初期対応を間違えたとは言え、なんだか息苦しいところだな、と思った。思ってしまった。別に周りに何をされているわけでもない。クラスで群れずに騒がず本を読んでいて一人だから、揶揄われているだけ。虐められているわけでも貶されているわけでもない。それなのに、なんだかなんとなく、やりづらくて。この「なんとなく」という感覚は厄介だ。不安な理由がわからないから、余計に不安になるし苦しくなる。せめて理由が少しでもわかっているものならばまだ対処ができるけれど、わからないものはわからない。だからずっとぐるぐる、堂々巡り。
学校が嫌だなと思った。嫌いだとも。けれど明確な理由を見いだせない。逃げるのはダメだと思った。やめるわけにはいかなくて、惰性のように毎日同じことの繰り返し。自分からその日常を選んだとはいえ、なんだか狂ってしまいそうだ。それでも、朝から晩まで働いている親を困らせるわけにもいかないから、何もかも嫌で重たい体を引きずってでも学校へ足を運んだ。
しかしその感情はずっと、燻ったまま。
だから、多分そんな日常から抜け出したかったのだと思う。死んだように眠る親に何も言わず夜の街へと繰り出した。日常から逃げ出せないのなら、それとは違うことをすればいい。きっと疲れていたのだと思う。ただ、その時名案だと思ってしまった。音を立てないようにドアを開けて、知っているようで知らない見知った未知の世界へと飛び出した。
生まれて初めての、非日常への逃亡だった。
ある夏の日のことである。