誠の恋をするものは




「誠の恋をするものは、みんな一目で恋をする」
クァンシ/百合夢。
別名義のネームレス夢垢であげたクァンシ様に一目惚れをされる話です。
最近チェ夢をずっと書いてます。楽しい
チェ夢
クァンシ
百合夢

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 長く、細く、滑らかで。けれどどこか節の目立つ硬い指先が、皮膚をなぞる。飾り気のなく、しかし整えられた桜貝の爪先がつうと顎の縁を撫でていた。女の爪は美しい。きゅっとカーブを描き、斑も欠けも一つもないそれ。そんな同性であれば誰でも羨むような指先が、子猫でも可愛がるみたいに顎を撫でる。その繊細な手つきが、まるでこの世に一つしかない壊物を触る時を思わせて落ち着かなかった。それは女が、普段はあまりにも強くしなやかで、それでいて容赦のなく白銀の剣を振るうことを知っているからだろうか。
 女はやけに白かった。陶磁器の無機質な白さというより、幽鬼のような艶かしい白い肌。光に照らされる雪原のようにキラキラ光る白銀の長髪は一つにまとめられている。髪と同色の睫毛、人形のような唇、形のいい鼻。その全てが白くて、しかし黒が似合う女でもあった。瞳の色。夜闇の黒。星すら見えない、覗き込んだら最後戻ってこれないと確信してしまうような、漆黒の瞳。片方は黒の眼帯により隠されているために隻眼ではあるものの、その力強さは冷たい獅子を思わせた。
 女が好きになる女というのは、きっと彼女のようなひとのことをいうのだろう。夢のように美しいのに、どこか男性的な体格の良さと、それを有り余るほどの支配者の風格。選民の輝き、とまではいかなくても、女には捕食者特有の美しさがあった。強さと刃物を人の形にしたら、きっとこの女になるのだろうと思わせるような冷たくしなやかな存在感のある女。なるほど、と思った。これは並の男なんかじゃ釣り合わないし、本人が女を求めるというのもわかる気がする。自立して、それでいて魅惑的で、なによりも絶対的な庇護者であることの似合う女が必要とするのは、きっとなよたけの嫋やかな女性であることは火を見るよりも明らかだ。
 元々、同性愛に対して偏見はない。最近では少子高齢化とやらが叫ばれて「子供を作れ」なんて時代遅れの発言をしては炎上する政治家が増えているけれども。個人的には、好き同士でお互いが納得しているのなら、それでいいのではないかと思う。それを制限できるほど偉くないし、そこまで他人に興味もない。
 だがしかし、とこの獅子のように美しい女を見た。戸惑いだった。女の黒い瞳が、甘く蕩けて光を弾きながら自分を見つめている。そのブラックダイヤモンドよりも希少であろう輝きの強い瞳に宿っているのは、情念であった。それも自分を焼き尽くす、燃えるような炎だったのだ。
「お嬢さん」
 美しいものは声まで美しい。まるでパイプオルガンのようだ。その声がどこか悪戯に、しかし女からすれば真摯にこちらだけを見つめていなければ、なんの躊躇いもなく聞き惚れていただろう。そう、それを向けられるのが自分自身でなければ。
「何を考えている?」
 半ば陶酔した、醒めたくない悪夢みたいな色をした視線が私の彷徨う視線と絡み合う。唇が綺麗な笑みの形に歪んだ。美人の笑みは美しい。どこか支配者特有の傲慢さと慈しみの滲むものであっても、それすら夢の魔性を飾り立てる。
 見惚れそうになりながらも、「さて、どう答えたものか」と逡巡して、素直に答えることにした。どうせ馬鹿な自分では、正しい答えなどできやしないのだから。
「あなたのことを考えていました」
 間違えてはいない。実際、女のことだけを考えていた。色っぽいものではなく、ただの疑問と戸惑いであったが。
 どうして、天下の、それも始まりのデビルハンターと呼ばれるような世界の違う人物に私はこんなにも見つめられているのだろう。
 悪魔と隣り合わせのこの世界。世界ガチャには失敗しているし、それなのに公安所属事務員なんていうデビルハンターと接する立場にいる時点で碌な人生ではないのだが、非支配者階層のカースト最底辺の女に目を向けるほど、この女は暇ではないはずで。なんなら風の噂で四人ほど女性の魔人の愛人がいることも聞いたことがある。
 なのになぜ、こんなにも近い距離で、白昼夢の幻のような女を見上げているのだろう。
「そう」
 そんな疑問を知ってか知らずか、女はくつくつと喉を鳴らして透明に微笑んだ。不意にやってきた女の、顔を見せなさいと言って、掛けられた指は中々下げられぬ。むしろ、女の指はそのまま皮膚をなぞる。爪先が顎をくい、くいとなぞり、猫を愛でるように触れた。どこか品のある高慢な仕草とは裏腹に、女の面持ちは微笑みを描く。眦がくっと垂れ、口の端は愉快げにもたげられる。
「何か面白いことでもありましたか」
 自分でも馬鹿みたいな言葉だなとは思うが、仕方ないことだと思って欲しいい。この夢幻の美女が自分に、無視をするには心苦しいような慈愛と、夜のようにまとわりつく情念の宿る声を向けられて冷静でいられる女がいるならばそれは、普通ではないだろうから。
「面白いこと?」
「ええ、笑われたので」
「嫌だった? ごめん」
「そういうわけでは、」
「お嬢さんが可愛らしいから、つい笑ってしまった」
 そんな胸が引き絞られる言葉に、どう答えればいいのか惑ってしまう。ふわりと風に乗って、タバコの匂いがした。女の匂いだった。
「口説かれるのは、はじめてかな」
「まあ、女の人に口説かれるのは、はじめてですかね」
「恋人がいるの」
「いませんよ、そもそも粘液接触が好きじゃなくて」
 これは本当だった。元々、人間が好むようなキスとか食べ合いっことかセックスというやつが好きではなかったから。はじめては痛いと聞くし、他人と体の中から出た体液を擦り付け合うなんて気持ち悪い。だから恋愛というものを満足にしたことがない。それで困ったことはなかったものの、この人ではないものの好意を避けるためにお遊びでも恋愛をしておけばよかったかななんて後悔する。
 女に好かれるのは、嫌ではない。しかし、その「嫌ではない」ことが問題なのである。つらつらと思考を回しながらどうやって切り抜けようかと悩む間に、白い刃物のような女は少女のように深く微笑んだ。秘密を打ち明けようとする乙女の笑みに、何故だか背中がぞわぞわする。何故だか下腹部が熱くなった。
「そう。よかった」
 恋人がいるのなら、その男を殺すところだった。
 揶揄するような、愛でるような口先に自分は翻弄される他ない。まるで瞬きすら見つめられているようだ。熱烈で、けれども纏わりつかず、包むような眼差し。女から注がれるその感情を、自分はどうすればいいか解らない。解らないまま、たどたどしく女を見続ける。
 星が瞬いた。女の瞳の瞬きであった。
「お嬢さんの名前を教えてくれる」
 考えるよりも先に唇が動く。女が、その唇を開いて、自分の名前を殊更特別な音を呼ぶかのように大切に、大切に呼んでいた。その仕草から目が離せないままだった。
「クァンシって、呼んで」
「クァンシ、さん」
 そうして、女は、クァンシはその唇から赤い舌を覗かせた。肉の厚い、形のいいそれは、艶かしく光って見えた。
「一眼見た時から、ずっとあなたの名前を呼びたかった」
「あなたが望むならば国一つ捧げても構わない。どんな望みだって叶えて見せよう。あなたにはその価値がある」
「誰よりも大切にするから、どうか私の恋人になってくれないか」
 そうして笑うクァンシに、返事の代わりに目を閉じた。それが、答えだった。手を伸ばして自分を引き寄せる彼女と先に起こることなんて、もうすでに分かりきっていた。


別名義のネームレス夢垢のTwitterであげたもの
クァンシ様にいっとう大切に口説かれる話を書きたくなったので書きました。