蛍ちゃん成り代わりがディルックに囲われそうになってる話(裏)
蛍が慌ただしく去っていった後の扉を見つめて、ディルックは小さく笑みをこぼす。全く、可愛らしい反応をしてくれる。困ったような、でもどこか嬉しそうな顔をした彼女が自分の贈った耳飾りをしているというのが、胸を焦がすほどに高揚を与えていた。張り詰めたように旅人としての仮面を崩さない彼女が、自分の前ではただの蛍に、いや。ただの守られるべき女の顔をすることがくすぐったくて、それでいて男としての本能が脈打つのがわかった。
それが旅人ではない、あの少女の中にいる弱い女に向けられていると知ったら、彼女はどんな顔をするのだろう。くつくつと喉を鳴らしたディルックがすうとカウンターの机に指を滑らせた。そこは蛍が眠っていた席だった。
「難儀なものだな、僕も」
そして、そんな僕に心を許している君も。
このモンドの地に現れた小さな女のことを、ディルックは産まれるよりも遥か昔から知っていた。否、知っていたというのは語弊がある。正確にいうのなら、その少女の中にある魂のことを、知っていたのだ。
蛍という少女の中には、別の世界で生きる女の魂が入っている。そんな話を聞いたら卒倒するようなことを知っているものは、少なくともこのモンドにはいないのだろう。そしてディルックがその女をずっとずっと昔から、彼女と言葉を交わすようになる前から待っていたことも、知らないだろう。
不思議なガラス越しでしか触れられなかった女が、こちらを認識してはいてもディルックの言葉は届かなかった女が、自分の目の前で感情を現し言葉を交わしているというのは、まさしく夢のようで。ディルックは絵に描いたような幸福を感じていた。
それでも、彼女にはこの世界は重荷であるようで。
ヒルチャールやモンスターに人々と戦うたび、栄誉に包まれるたび、旅人と呼ばれるたび、彼女の足が震えている。怖いという思いをひた隠しながら戦っている。賞賛が苦手で、期待が重たいことを隠して笑っている。「旅人」と呼ばれることに、自分を失う恐怖と絶望を感じているのも、全部ディルックは知っている。
知っていて、それでもなお、ここに、ディルックのそばに縛り付けたいと思っていた。
「あれは、『君』の兄ではないだろう」
探さなくていい。立ち向かわなくていい。たとえ何を失ってしまっても僕がそばにいるから。僕が守るから。僕が君の存在を肯定するから、だから君は行かなくていい。
君は、「旅人」にならなくていい。
それでも、まだそれをいうときではなくて。蛍が、『××』が自分に心を許しているのはわかっているが、それでもまだ足りないのだ。もっと、飢えて立たなくなってしまいそうな時にディルックの顔を思い浮かべるような。恋でもしているように、手を伸ばしてほしい。帰る場所を自分の隣にして欲しい。そのための手段は選ばないし、何からも守ってみせるから。
だからどうか、愛しておくれ。
ディルック自身が、そうなように。
「覚えておいてくれ。君を愛している男がここにいること。君が帰ってくるたび、安心して微笑んでしまう男がここにいること。それをどうか、忘れないでくれ」
彼女に聞かせたこともないような低い声で天井を見上げる。男が低い声を出すのは、好いた女を思うからだなんてどこぞの詩人が謳っていたが、あながち間違いではないのかもしれない。
そうだ。蛍の、××の帰る場所はここでいい。
「愛している。××」
あの耳飾りを渡した時に敢えて言わなかった言葉を唇に乗せて、ディルックは笑んだ。炎が揺らぐような苛烈な笑みだった。
モンドには、変わった風習がある。
その一つにこんなものがあった。
「女に自分の瞳と同じ色の耳飾りを贈る時は男からの愛の告白であり、『この人は自分のものである』という牽制の意味をなす。そして女がそれを受け入れてつけているということは、『この女には彼女を溺愛し触られるのを厭う恋人がいる』という証になるのだ」
誰が言ったのか、誰が行ったのかはわからない。
しかし、紅蓮の赤い髪とオレンジの混ざった赤い瞳を持つ男が我らが栄誉騎士に耳飾りを贈りそれを受け入れられたという事実は、モンドに確かに、静かに広まっていた。
アイラブユーはまだ見ぬ明日へと
