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最新映画の歌姫に成り代わっていた。それも、その記憶を取り戻したのはエレジアの悲劇の後。
ひくひくと引き攣っている歯軋りも、がたがたと震える体も、ブレる視界も何もかも消すことはできなかった。
人殺し。人殺しになったのだ自分は。それも、シャンクスたちに一番迷惑をかける形で。
自分が海賊船に乗っていて、海賊の娘である以上、人を傷つけたり戦うことは悪いことだとは思えない。だって、この世界は海にしか自由がないんだから。彼らは自由を求めて、生きるために、そして大義のために戦う。でも、ウタは?
ウタは違う。ウタは自分の能力といかにも怪しい楽譜を歌った。なんの確認も取ることなく。これも用意されたものなのかな?なんて楽観視で歌った。そのせいで魔王を呼び出し、取り込まれてエレジアの人々を殺して、迷惑をかけた。ゴードンに嘘をつかせた。シャンクスたちに全ての罪を被せて自分だけなんの罪もない存在にされた。
置いていかれて当然だ、と浅い息を吐く。こんな、こんな爆弾、船に置いておけるわけがない。シャンクスたちは自分の罪を被っただけ。彼らは何にも悪くない。もちろんゴードンだって悪くない。エレジアの人々も悪くない。
悪いのは、私一人。
がちがち震える歯は止まらない。目の前がチカチカする。辛い現実から逃げ出してしまいたい。そう思った映画の中の歌姫の気持ちが、今ならわかる。けれどたとえどんなに逃げようとしたって、ウタが背負わされた十字架は逃げることを許してはくれない。
(助けてシャンクス、助けてヤソップ、助けてガブ、助けてライム、ホンゴウ、モンスター、ボング、ビル、・・・・・・助けてベック!)
そうして大好きだったひとたちの名前を呼んでも、どうにもならない。大体、彼らはこれから先のウタ自身のために置いていったのに、助けを求めたって仕方ないのに。それでも、震える手が小さく空を切るのはきっと、自分の浅ましい未練のせい。
どうして、記憶を取り戻すのが今だったのか。そしたら、トットムジカなんて手に取らなくてよかったかもしれないのに!みんなと一緒にいられたかもしれないのに!
ゴードンがこちらを伺っているのがわかる。青白くなった顔をさらに白くして、ウタが振り向いた。ぽっかり空いた白痴の瞳は人形のように悍ましく、歪で、恐ろしさすら感じさせるのに泣きたくなるほど綺麗だった。
「ゴー、ドンさ、」
「っウタ、」
「トットムジカ、楽譜、まだある、?」

***

トットムジカの楽譜を焼くといったウタに、ゴードンは悩んでいるようではあったが。
二人暮らしを始めてしばらく経った後には、やがて頷いてくれた。ウタが、鬱々とした表情で壊れたオルゴールのように歌を歌うからだろう。お互いに、これが本当の正解でないことはわかっていた。けれど罪滅ぼしとはわかっていても、自己満足とわかっていても。それをすることでしか自分達は存在できない。
「本当に、いいの」
「かまわない。君は被害者なんだ。・・・・・・私の方こそ、ウタ。君に嘘をついたこと、本当にすまない」
そうして頭を下げたのは、何のためなんだろう。自分が楽になりたいとか、そういうんじゃないのだろうな、とウタは思った。たくさんの意味を込めた謝罪に、ウタは何とも言えない気持ちになってしまう。どうしてこの人は、私がいけないのに謝るのか、という気持ちは置いておいて。本心から、ウタはゴードンは悪くないと首を振った。痛ましい笑みが白百合の顔を彩っていく。
「・・・・・・いいよ、別に。私が悪いんだから」
傷の舐め合いであることはわかっている。それでも、言わずにはいられないと、パチパチ燃えて空に上がっていく楽譜を見て思った。
トットムジカはこれで、世界から亡くなった。なら、
次は私がいなくなるべきだ。けれど、死にたくないなぁ、自分で死ぬのは、怖いなぁ。
きっと、前世の普通の女として生きた記憶がなければ。なければ、躊躇なく死を選ぶこともできたのかもしれない。人を殺したこと。ゴードンに嘘を吐かせたこと。シャンクスたちに、迷惑をかけたこと。その全てがウタにとっての罪だ。ウタが全て悪い。
なのに、死ぬのだけは怖くて、苦しくて。嫌だった。
そんな、浅ましくて生き汚い自分に嫌気が刺す。ウタが死ねばよかったのに。自分の能力なんて、ー?
(・・・・・・そっか)
「ねぇ、ゴードン」
「なんだい、ウタ」


「私、歌手になるよ。世界一有名な歌手になって、」


海軍に見つけてもらって、自首するよ。